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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「阿津賀志山防塁」現地説明会

 各新聞は、22日に、国見町教育委員会は、阿津賀志山防塁発掘調査で、東山道とみられる古道跡がみつかった発表したと伝えていた。その一般向けの現地説明会が開かれるということで出かけた。
 福島民報
 毎日新聞
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 現地は、昨年度の調査地点の上部で、内容的には昨年度の続きらしい。今回の説明会の整理の前に、自分の「阿津賀志山防塁」散歩について整理しておく。
 昨年度の10月現地説明会については、次のように整理しておいた。
 阿津賀志山防塁の発掘調査現地説明会
 阿津賀志山防塁現地説明会②~木戸口
 阿津賀志山防塁現地説明会③~防塁内側の空堀
 阿津賀志山防塁現地説明会④~空掘内での実感
 阿津賀志山防塁現地説明会⑤~阿津賀志山まで
 阿津賀志山防塁現地説明会⑥の後で

 その現地説明会に出かる前に、何度かこの国見辺りを散歩していた。阿津賀志山防塁関係では、昨年4月に次のように整理している。
 「阿津賀志山防塁」の実感を求めて
 阿津賀志山防塁②
 阿津賀志山防塁③
 その後、阿津賀志山の戦いで、敵の源頼朝の本営が置かれたという藤田城へ出かけたり、石那坂を探したりした。
 その石那坂の戦いで敗死した泰衡の郎従佐藤基治等一族18名の首級がさらされたという阿津賀志山に来て阿津賀志山⑤として整理した。

 東山道と防塁の交点という今回の説明会参加の意義は、一つは、確かに阿津賀志山の戦いの主戦場とのかかわりという興味だが、もう一つ、現在でもこの山越えは難儀な所であり、これを古道はどういう道筋で越えているのかという興味につながり、時代を遡って江戸時代の奥州街道は……と、その変遷までも興味はつながる。
Commented by Pooh3 Kampf Gru at 2009-05-25 22:05 x
4月に プーも ご主人様と一緒に 阿津賀志山に行きました。説明会に行きたかったなぁ ぷー


Commented by shingen1948 at 2009-05-26 20:41
あちこち出かけられているようでうらやましいです。
 
 ここの防塁は、全体が大きすぎて、なかなか把握しにくいですよね。
 今回の説明会は、旧国道がカーブして登っていくあたりです。
 理解できたことを具体的に整理していきたいと思っています。 

 電車も車も、そして旧道も古道もなかなか超えられないところに、更に防塁をつくったということのようです。
 国見は、真の東北の玄関口というのが、今までの散歩を通した実感です。
by shingen1948 | 2009-05-25 05:30 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(2)