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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大笹生城跡へ向かう道



 大笹生城跡への散歩は、万世大路とフルーツラインの交差点あたりから、西側を走る旧道に入る地点から始めた。
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 旧道に入ると直ぐに、古から代々続く生活を大切に守り伝えられた思われる景色が現れた。
 左手に地蔵と庚申などの講に関わる石塔群の景色が現れたのだ。
 昔は村々の入口には、守りがみとして地蔵や塚があったという話を聞くが、それが今も生きている。生活の中では、ニュースと称して変化するものに目を奪われがちだが、変化しない景色に重さを感じる。


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 しばらく進むと、高台に神明神社が現れる。
 不確かだが、神明神社信仰はお伊勢様との関連があるという説明に出会ったことがある。もしそうなら、お伊勢講の無尽で実際に行ける方は代表格であり、憧れであったはずだなと想像する。


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 奥の院は、鉄柵で守られている。地区の信仰者の手厚い管理を感じる。

 「ゆの村~祖先の足跡をさがして」(秋山政一著)の中に、湯野村の神明さまにかかわっての解説がある。湯野村には、地名として神明・神明脇があるのだが、その地名の話として、次のように説明していた。
   
 記録によると、ここには天保年間(1830~1844)の頃から盛んになったお社があったと言われている。村絵図で見る限りいまの西根神社のお堂よりも大きなお堂があったようです。
 柱の太さは周りが1mもあったと伝えています。
 このお社は「お神明さま」といわれる神様が祀られていました。一般に「お神明さま」は信仰者が御神体(木製の神体に天照大神とか伊弉冉尊などと墨で書き、色つきの布を下げたもの)を捧げて、家々を廻って、祝言を述べて祈りながら歩いたのですが、湯野に祀られた明神さまが、この神様とどのようにかかわったかはわかりません。


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 広場の周りは、庚申講に関わる石塔群で隙間なくびっしりと囲む。


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 出入口も石塔群で隙間ない。

 秋山氏の言う神明さまと関連がありそうだが、そのような信仰の形がここにあるのかどうかは分からない。ただ少なくとも信仰の心を残す風景があった。


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 更に進と、トンネル工事中の景色になる。東北自動車道を笹谷で分離して、山形までの高速道路で結ばれるためのものなのだろうか。
 速さ、効率、便利さの象徴が突然現れて、ちょっと戸惑う。


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 そこを過ぎると、また昔の景色に戻り、梨畑の景色の中、寺町に進んでいく。


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 ここには、梨畑の景色が似合っている。
Commented by 「大」@安達太良山麓 at 2009-04-29 10:27 x
時代を遡って歩かれているのは素晴らしいと思います。
時の過ぎるスピードが速すぎて、最近は歩かなくなっています。
私の住む本宮も昔は宿場町、たぶん路地裏なんかに古き時代の遺産がありそうです。
気候も良くなったので昔を探しに歩きたくなりました。
Commented by shingen1948 at 2009-04-30 18:59
 ポイントだけを拾っていては気付かない空気のようなものが、体にしみこんで、見ようとした地点に着いた時に、別の何かが見えているような気がします。
 本宮あたりも、新しい道によって切り取られてしまった辺りに何かゆったりと流れる時間のある空間がみつかりそうな気がしますね。
by shingen1948 | 2009-04-29 05:57 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(2)