地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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芭蕉の足跡をたどりながら「ラジオ福島桜祭り」へ③

 ラジオ福島局は、信夫が丘球場の隣という位置にある。ここは、恐らく芭蕉が文知摺観音に立ち寄るために通った街道沿いだったであろうと思われる。この裏側が岡部の渡しだろう。

 「ラジオ福島桜祭り」のゲストに、土曜日は伍代夏子氏、日曜日は堀内孝雄氏が来るという。これに合わせて、ここで楽しませてもらいながら、休憩させてもらう。
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 会場は、人がいっぱいで、頭越しにステージが見える状態だが、、祭りの楽しい雰囲気だ。扇型に広がり過ぎていて見えにくい所があるのだが、さすがに売れる歌手は違うと感心する。
 会場の端っこの客にも目配り気配りを見せるのだ。
 当方はあなたには関心がないというような失礼な態度で、後から人の頭の間から観ているのに、こちらにも目線が何度か飛んでくる。何度かアイコンタクトでもとられたかというような気分にさせられる。

 頭の中は、「町はずれ十町程過ぎて、五十辺村はずれに川が有る」という芭蕉の足跡に、結構悩んでいる。
 この川は松川のはずだが、「五十辺村はずれ」は、越して外れてということか、内側に外れてということかと迷う。
 それは、気になっているのが「町はずれ10町」という距離だからだ。
 宿が北町だと想定して、そこから10町とすれば遠すぎるのだ。町はずれからということで浜田町あたりにあったという木戸からだったとしても遠すぎる。

 松川も暴れ川で、信夫山の南側を流れていたこともあったとも聞く。阿武隈川同様に当時の川筋が現時点の流れと違っていたことは十分考えられるとも思うのだ。
 苦し紛れは、彼らは町を外れて宿をとり、そこから10町。これなら落ち着くけど……。
 専門家の方がこのことに悩まれたという話を聞かないのは、現時点の国道115号線を想定されているからだろうか。
 文学に疎い散歩人は、変なところで頭を悩ましている。
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 「ラジオ福島桜祭り」を観た後、とりあえず、渡しの反対側の雷神社を確かめる。
 ここからの自然な延長線上に岡部の渡しはあったはず。


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 自分のイメージはここまでだが、案内板では、ここで芭蕉が休んだとし、もっと想像を膨らませている。
 石碑まで建てている。
by shingen1948 | 2009-04-22 06:39 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)