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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山の桜を楽しみながら

  「鶴ケ城天守閣で景勝の書状公開始まる」というニュースを目にする。
 上杉景勝が景虎との「御舘の乱」(1579年)に勝利した際の心情をつづったとされる書状とのこと。
 記事は、同市の虶沢理一氏所蔵で、天正7(1579)年3月30日の日付、国境の坂戸城、守将深沢利重にあてたものと伝える。本文は家臣祐筆が書き、花押と日付を景勝が記すとのことだ。
 NHKのドラマは「御舘の乱」のあたりを放映中。この進行とぴったりと合わせたタイミングのよい展示だ。

 こちらは、先週の週末(11~12日)には福島が花盛りでそちらに出かけた。宇都宮の整理で時期遅れでタイミングの悪い整理になる。
 先週は、「信夫山」を経由して「ラジオ福島桜祭り」にも立ち寄って、桜とその浮かれた雰囲気を楽しみながら芭蕉の足跡も確認をしていたのだ。

 「信夫山」あたりでは、花見の雰囲気を楽しみながら、祓川石橋の供養塔を写真に収め直した。
 先に「羽黒山の新登拝路~祓川橋」として祓川石橋を整理した時に、橋の供養塔が写真の枠からはみ出したことが気になっていたのだ。
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 信夫山の桜は満開で、しかも暖かい日和で人出も多かった。
 これが基準木だと思うが、これも満開だった。この桜、他の桜に比べると白っぽい花だと改めて気づいた。古木なのだろうか。


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 花を楽しみながら、羽黒山への参道を入口に向かって下りていく。


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 石橋の供養塔を改めて撮影して、満足する。


 その脇に、石に刻まれた信夫三山の参道入り口(祓川口)の案内板があって、この参道と石橋について簡単明瞭に説明する。
 三山参りには、この川で禊祓いをしてから登拝したという。享和3年(1803)正月に橋が架けられ、その供養塔が今も立っている。
 福島信夫ライオンズクラブ

 この後、県歴史資料館に立ち寄り、「江戸・明治期の地誌展」をみて、浜街道の追分を確かめながら「ラジオ福島桜祭り」へ向かった。
by shingen1948 | 2009-04-19 06:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)