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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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宇都宮城⑥

 宇都宮二荒山神社の地は、神聖な地で、故郷の神々が集っている。
 これを不思議に思う感受性は、明治政府の政策によるものだ。元々の普通の人の感性では、ごく自然なことだったようなのだ。難しく習合ということばを持ち出す必要もない。
 神社に出かけた時は、いろいろな神々に近づくことで、自分の感性を原始に近づけようと思っているが、今回は、時間的な制約がある。
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 途中の神々には、石段の上から失礼する。
 二荒山神社へ向かう途中の右手の神々である。


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 二荒山神社へ向かう途中の左手の神々である。


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 本殿の右手は、須賀神社だが、案内板の()の中には天王様とある。明治政府が嫌った神だが、どの地域でも、人々の故郷を思う心の中に宿っていた習合の象徴の神だと思っている。


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 本殿の左手は稲荷神社である。
 宇都宮二荒山神社は、これらの神々と矛盾なく習合して中心に鎮座している。


 日本の心を大切にする地域を耳を傾け散策すると、古来の日本人の神社仏閣に関わる感覚を禁じた明治政府の政策への恨み節が聞こえるところがある。


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 これは、二荒山神社の門前町のイメージで撮ったのだが、ここに、二荒山下之宮神社が鎮座していた。
 ここに、慎ましやかにその声を発していた。


 この山の下に鎮座することから、山頂を見上げここから拝むという意味を込めながら、元々はこの地が二荒山神社の元祖だとの主張を、手水場に掲げていた。
 がんばれ町内会の思いを込めて、案内板にある説明を。
 下野国一之宮
 二荒山神社攝社下之宮
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 当神社は二荒山神社の発祥の地(荒尾崎)に創設された神社で「二荒山神社攝社下之宮」と称し御祭神は本社(臼ケ峰)に鎮斉される二荒山神社と同神「豊城入彦命」をおまつりしております。ご由緒は大変古く第16代仁徳天皇の御代下毛野の国造であった奈良別王が東国治定の功績高い豊城入彦命を御祭神として国社をこの地に建立後世838年に峰続きの臼ケ峯に本社を造営し発祥の聖地を下之宮として永く奉斉してきました。
 下之宮は長い歴史の中で丘陵は道路で分断され、招魂社は護国神社として移設しおよりの鐘は寺領に納め更に小高い丘は削滅しビル陰にて奉祀されてまいりました。
 相生町再開発事業と共に由緒深き聖地に下之宮の復興をみたものである。



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 二荒山神社攝社下之宮の案内板にあった、およりの鐘と寺はこれだろうか。定かではないがとりあえずこの写真を貼り付けておく。
by shingen1948 | 2009-04-17 05:31 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)