地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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宇都宮城②

 宇都宮城についての手持ちの資料はないので、整理するのに検索していたら、「余湖くんのお城のページ」の『宇都宮城(宇都宮市本丸)』に、宇都宮城の復元図があるのを見つけた。
 散歩したことと頭の中で比べてみると、イメージを膨らませることができたので活用させていただく。

 この復元については、破壊しつくしたことに対する疑念と、その破壊しつくした城を公園化する際に、本来の土塁を削って近代的な石垣にしたり、リアリティのない堀を造ったりしたことに対する疑念を感じられているように思えた。
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 ここは、本丸の東側だ。このもう一つ外側に、お堀があって、これは石垣だった可能性もあるとのことだ。
 ここは本来の土塁を削って石垣にしたと批判されているところだろうか。


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 確かにリアリティーのないお堀が周っている。
 ただ、幾組かの市民が憩いの場にしていることは伺えるし、この地の歴史を考えるのに象徴的な場所として整備したいという思いは分からないでもないとも思えた。
 コメントで教えていただいた「明治27年「公楽園」となって旧城館ができ、本丸内は市の記念行事や大演習賜宴などの場として市民に親しまれた」ということと重なる雰囲気だ。

 宇都宮城のはじまりについて、宇都宮城址公園パンフレットは、次のように説明する。
 宇都宮城の基を築いたのは、藤原秀郷とも藤原宗円ともいわれていますが、おおむね平安時代後期に築かれたものと考えられています。

 中世の宇都宮城については、城主宇都宮氏について、次のように説明する。
 中世の城主は、宇都宮氏です。鎌倉幕府の有力な御家人として活躍した歴代城主の中には、小倉百人一首の成立にかかわった5代頼綱(蓮生)、元寇に出陣した貞綱などがいます。

 宇都宮城は、戦国の時代にも難攻不落の城で、関東七名城のひとつとして数えられていたという説明も見た。
by shingen1948 | 2009-04-13 06:06 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)