地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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名倉城

 県立図書館で、福島市埋蔵文化財報告書第135号「名倉城跡・北橋遺跡」をみつけた。何度か近くを通った記憶があるので、出かけてみた。
 報告書に地図があるのだが、実際に行ってみるとなかなかたどりつけなかった。
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 何度かぐるぐる回って、遺跡の北端の道路にたどりついた。地点が見つかれば、あとはなんとなくイメージがわく。
 現況は畑地で、おばあさんが農作業をしていた。


 報告書に、堀と土塁の想定図がある。
a0087378_3572342.jpg
 図で、整地層Cとするのは、この地点のみ新しい土で成形されており、古い時代は、ここが空いていて、虎口だったろうと推定している部分のようだ。


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 報告書では「12~15m幅の細長い地割の一段低い水田・畑が巡っており、また土塁の高まりが、舘跡の南側と西側で観察され、」とする。
 これは写真のような状況で、ぐるりと回る中で、散歩人にも一目でそれと分かった。


 「名倉城跡」についての現況は、報告書では次のように説明されていた。
 なお、北橋遺跡というのは縄文遺跡で、これが名倉城跡の北はずれと重なっているらしい。
 地元では「亀ケ城」の名称で知られた平地式の城館跡である。現況では、おおよそ東西200m南北250mの規模が確認され、南東部と北東部を除いて堀跡と思われる12~15m幅の細長い地割の一段低い水田・畑が巡っており、また土塁の高まりが、舘跡の南側と西側で観察され、中世館跡の景観を現在につたえる。福島市内において、これだけ保存状態の良い平地式の中世城郭は稀である。

by shingen1948 | 2009-04-08 04:22 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)