地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台田遺跡を推理する②

 この遺跡の住居について、案内の説明や報告書を直接は見ていない。
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 ふれあいセンターの玄関前の広場に、台田遺跡を模したモニュメントがある。複式炉も再現されている。恐らく、複式炉・3本柱は何らかの根拠があって作成されたものと思う。複式炉は県内の住居の特色だ。安達太良山麓だけでなく、散策した阿武隈山地の遺跡も福島の遺跡も、国見の遺跡もそうだった。


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 柱の数は、それぞれの遺跡に特色があった。
 コンクリートの柱は、3本であったことを示している。
 3本の柱は原瀬上原遺跡・田地ケ岡遺跡・塩沢遺跡などの安達太良山麓の縄文遺跡の特徴かもしれない。 飯野の遺跡は4本柱だった。


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 原瀬上原遺跡・田地ケ岡遺跡・塩沢遺跡がそうだったように、原瀬上原遺跡の縄文復元住居と同じような住居が、丘の南端のあたりにあったのだろうと想像する。
 原瀬上原遺跡の縄文復元住居を貼り付けておく。


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 内部の様子として、塩沢上原A遺跡と重ねて想像してもいいはずだ。写真は、塩沢上原A遺跡の復元住居の複式炉あたりを貼り付けておく。


 直接の遺跡の説明は目にしていないが、別の遺跡の説明の中に登場するのは目にしている。
 「上の台遺跡発掘調査報告書」では、縄文遺跡である山﨑遺跡について、次のように触れている。
 同じ丘陵上には、縄文時代中期~後期の山﨑後遺跡がある。この遺跡は、昭和62年に調査が実施され、北陸の馬高式土器の影響を受けた縄文時代中期中葉の大型住居跡や同期後葉の複式炉などが発見された。複式炉は、大玉玉井の台田遺跡や本宮荒井上原遺跡、二本松市原瀬上原遺跡、田地ケ岡遺跡からも多数発見されており、安達太良山麓の縄文時代を代表するものになっている。

 「下舘跡発掘調査報告書」の第二節「周辺の遺跡」では、縄文遺跡について、以下のようにふれている。
 縄文時代の遺跡の多くは、安達太良山からの丘陵に位置している。これまでに調査を行なった台田・山﨑遺跡からは中期の土器と複式炉を伴う住居跡が発見された。また、本遺跡から約1.2km北西の丘陵に在所する上ノ台遺跡からは、前期に比定される土器と住居跡が発見された。

by shingen1948 | 2009-04-05 05:36 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)