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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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月の輪大橋

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 芭蕉は、「月の輪の渡しを越えた後、瀬の上という宿をめざすが、この「月の輪大橋」あたりは、阿武隈川を渡って、瀬上宿をめざす途中ということになる。
 実際の景色から、阿武隈川を念頭で消したイメージなのだろうか。


 ※ 「随行日記」五月二日
 草ノ観音堂有。…… 其辺ヲ山口村ト云、ソレヨリ瀬ノウヱヘ出ルニハ月ノ輪ノ渡リト云テ、岡部渡ヨリ下也。ソレヲ渡レバ十四、五丁ニテ瀬ノウヱ也。山口村ヨリ瀬ノ上ヘ弐里程也。



橋の欄干に、この辺りの景色を案内している。

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橋名の由来
「月の輪」の称は、この阿武隈川が蛇行を繰り返した際、三日月形に残った湖を呼んだもので、鎌田地区内の地名にも残っている。
元禄2年(1689)5月2日、松尾芭蕉は「奥のほそ道」行脚で、門人曾良と共に文知摺を訪ね名句を残した。
その帰途、「月の輪の渡し舟」で阿武隈川を渡り、瀬上へと向かっている。
その歴史ある渡し場にちなみ、この橋を「月の輪大橋」とした。

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 その下流800mあたりが、「瀬上の渡し」とのことだ。そのあたりから見た「月の輪大橋」。
by shingen1948 | 2009-03-08 05:54 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)