地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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五十目館(五十辺の館跡)

 この館、館主から五十目館と呼んだり、この住所から五十辺館と呼んだりする。
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 この館跡にたどり着くのは、分かりにくかった。

 館跡の近くに館前とあるので、その道を進んでみようとすると、行き止まりで、その先が民家になっている。ここが、館ノ内らしい。


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 西に回り込んでいくと、途中から北の方向に林が見える。


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 北側に回り込んで、大通りから路地を入ると、民家の塀として活用されている北辺の土塁がある。


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 そこも行き止まりで、東の矢倉下の地名のある方向から見ると、空堀らしきものが見える。「矢倉」からは「櫓」が想像できる。


  周りは、大半が宅地化されていて、その南東側は、大型ショッピングセンターとなっている。

 この館、平安時代中期から末期にかけ、信夫庄司佐藤基治氏の叔父伊賀良目(五十目)七郎高重が居館したと伝える。
 「吾妻鏡」に、奥州合戦の際には石那坂で元治ら一族とともに源頼朝の軍勢と戦ったことがるらしい。
 その子孫が、永く伊賀良目氏としてここに住み、後に、尾形氏と改姓したと伝えられるとも聞く。

 近くの岩谷観音堂は、応永23年(1416)に伊賀良目(尾形)氏が念持仏を本尊として建立されたと伝えられる。
by shingen1948 | 2009-03-04 05:09 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)