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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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庭坂宿

 庭坂寨を確かめるのに、吾妻公民館から旧大森道をたどって、庭坂宿に入った。
 この庭坂宿建設自体が、天地人の時とかかわる。
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 米沢ルートの宿駅として、慶長6年(1601)から建設を開始している。正保年間には、足軽屋敷128軒で、福島城下の2分の1と聞く。
 「ふくしまの歴史」で、青柳隼人左氏を、庭坂の町づくりなどに努めた方と紹介するのは、この宿場の建設を意味しているのだろうか。荒町の踏切近くが、問屋跡ということも聞く。

 今回は、庭坂寨を確かめたかったので、内町から湯町に抜ける道に出た。
 そこから、堰沿いに砦の周りを確認した後、休所に入った。
 もう一度、回り込んでから、堰沿いの道に出て、堀之内の外側に沿って確かめた。
 そのまま青柳寺の裏道に出て、大森道に抜けた。
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 地図上では、青柳寺は、フルーツライン沿いのようにみえるが、実際は、正面は庭坂宿新町を向いていて、そこから入るようになっている。
 フルーツラインと宿の交点に「追分道標」があったが、町尻の大森道と福島道の交点にあったものを移動してきたものだろうと思われる。
Commented by はなまる at 2009-03-14 08:49 x
シン様 度々おじゃま致します。
先祖が藩を離れてからも参勤交代の際は裃姿で湯町まで送り迎えに必ず出ていたのだそうです。湯町はこの辺かしら・・・と来福の際に気にとめていましたが、確認できました。分限長を調べていてこの庭坂・青柳氏と並んで私の先祖の名もみえますが、その他に名を連ねている家臣名が信達のあちこちの地名になっているのも面白いものだと思いました。かなりの家臣数が帰農していたことがわかりますね。
Commented by shingen1948 at 2009-03-14 12:08
 まだ整理していませんが、地域の散策人は、この宿に続く道として、福島道よりは参勤交代のための大森道に興味があるようです。何度か歩いてみましたが、大森から金谷川経由で奥州街道に抜けて江戸へ続く道です。
 ご存じかもしれませんが、土湯に上杉氏家臣の末裔にかかわられる旅館があるようですよ。
by shingen1948 | 2009-03-02 05:06 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(2)