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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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白河城主松平楽翁公建立「鯖湖の碑」

 主人公直江兼続公の肖像画の出典『集古十種』古画・肖像四身』は、寛政12年(1800)に松平定信によって編纂されたものだ。
a0087378_4353178.jpg
 この白河城主松平楽翁公には、散歩の中でよく出会う。これは、飯坂の八幡神社の裏にある鯖湖の碑だが、これもそうだ。
 「天地人の時代企画展」と散歩で出会った景色とのかかわりということで、整理しておく。

おおよその位置
Mapion



 案内板は、赤錆びでよく見えなくなっているところもあるが、おおよそ次のようなことが、説明されている。
a0087378_437140.jpg
 この歌碑は文化13年松平楽翁公が飯坂へ旅行されたとき、日本武尊の作であるいわれるこの歌をお書きになり、それを石にほって鯖湖湯のほとりにたてたものとある。
 鯖湖湯は、この神社より東に少し下ったところにあるのだが、明治13年飯坂大火の時にここに移動したととのことだ。

 石碑には、次の歌が刻まれているとのこと。
あかずして 別れし人のすむ里は
   佐波子の見ゆる 山のあなたか

 この歌は、二千年前、景行天皇の皇子・倭建命が蝦夷を征伐のため、この地にこられたとき、佐波子の湯で湯治された時のものと伝えられているとも、西行の作とも、天王寺を開山した法燈国師の作とも言われていると聞く。

 





鯖湖の碑案内板説明内容

 鯖湖の碑

この歌碑は、文化13年松平楽翁公が飯坂へ旅行されたとき、日本武尊の作であるいわれるこの歌をお書きになり、それを石にほって鯖湖湯のほとりにたてたものであるが、明治13年飯坂大火の時に、人々は類焼を恐れて、ここに移して保存したものである。
 あかずして
 別れし人のすむ里は
 佐波子の見ゆる
 山のあなたか

 昭和36年7月15日
 飯坂町史跡保存会

by shingen1948 | 2009-02-15 04:52 | Comments(0)