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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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羽黒山の新登拝路~祓川橋

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 普段歩く道の一本信夫山沿いの道を歩くと、違った感覚になれる。


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 この道、狐畑通りというらしい。
 表示と不釣り合いなカーブミラーが設置されている。
 車が走れる道ではないので、自転車用だろうか。


 国道13号バイパスを過ぎても、普段通る道の一本信夫山沿いの道を歩く感覚を保つ。
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 案内板に、ここは、祓川の改修によってできた空間を児童用の公園にしたとある。


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 そこに、羽黒山への登拝路がある。
 登拝路は、基本は五道だったが、ここ百舌鳥坊は、江戸時代に福島城から一直線上に登る口として開かれたところだという。
 その新しい羽黒山への登拝路のスタート地点の一つがここのようだ。

 おおよその位置
Mapion
 各種石塔の中に、1803年(享和3年)建立の石橋供養塔が建つ。写真では半分切れているのそれだと思う。


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  ここに、信夫山公園の噴水のところにある祓川橋(めがね橋)があったらしい。
 この橋は、祓川の水で身を清めた修験者がこの橋を渡り参拝したといわれる由緒正しい橋のようだ。


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それを、祓川改修工事をして整地した際に、移築したという経緯のようだ。

この石造りのめがね橋は、故古関裕而の先祖にあたる古関三郎治が寄進したもののようだ。


 ここから黒沼神社を経て御神坂を登って、羽黒神社に参拝するのだが、この辺りについては、 先に散歩して、羽黒神社近くは、「信夫山と伊達氏③:「寂光寺跡」の②「羽黒神社」」として整理した。
 その途中はあちこち立ち寄りながら、以下のように整理した。
 信夫山と伊達氏②:「青葉閣」
 信夫山と伊達氏③:「寂光寺跡」
 黒沼神社:信夫山と伊達氏とのかかわり





羽黒神社参道に関わる各種案内板説明内容

 ふるさとの好さを見つけよう
 <史跡>羽黒神社参道入口
 古くから神聖な山とされてきた御山(信夫山)の羽黒神社及び月山・湯殿山神社に参拝するための入口の一つで。祓川口とよばれてきた。祓川は、この川で禊をして登山したために名付けられたといわれ、山形県の羽黒山にも同じ名の川がある。また、女日同の大日如来さまが世の穢れを洗い流したためともいわれている。羽黒山祓川石橋供養塔は享和3年(1803)正月の建立、湯殿山の石碑は松島瑞巌寺の住職南山道人の書、信夫山新林愛護記念碑は昭和2年に宮城県刈田郡の人が建てたものである。少し登った右手の岩壁には、弁慶の足跡と伝えられる岩があるのも面白い。

 ディスカバー・マイカントリー
 福島信夫ライオンズクラブ

 信夫山児童公園の案内板
 昭和15年は紀元2600年にあたるとし、時の政府は各市町村に、記念事業を起こすことを命じた。日本が、日・独・伊(日本・ドイツ・イタリア)三国同盟のもと、世界戦争に突入しようとする時期である。
 福島市では、この事業の1つとして、祓川改修工事によって出来たこの土地を買収して、狭いながらも(2000平方メ-トル)の小公園を作り、子ども達の運道具を備え、小動物園も作った。
他の多くの市町村は、軍国主義的な記念碑を建てたが、次の世代をになう子ども達のために、児童公園を作った福島市は大いにたたえられて良いだろう。
 
 旧祓川橋
 この石橋は、今から約190年前の安永年間(江戸時代末期)に市内の古関三郎治が寄進して旧祓川に架設されたものです。今もこの橋があった所の北側には享和3年(1803年)建立の石橋供養塔が建っています。
 この橋は、空石積み工法と呼ばれる石組のアーチ型のもので、半円に積まれた石は、それぞれの重量によってしっかりとかみあい、大変な重量に耐える仕組みになっております。また橋の両側面には鶴と亀の彫刻がほどこされ、擬宝珠の欄干など美術的な価値とともに、石工技術の優秀さがしのばれます。
 この橋は、羽黒山への本堂の入口にあり信仰の盛んであったころ、信者の人たちは祓川で身を清め、この橋を渡り羽黒山に登ったといわれる由緒のあるものです。
 昭和45年(1970)5月、住宅建設工事のため、福島市教育委員会がここに移転し保存することになり、同年5月に解体を始め、7月末に復元、完成しました。

昭和46年7月1日
福島市教育委員会
by shingen1948 | 2009-02-09 04:26 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)