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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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無為山「康善寺」

福島代官古川善兵衛重吉が創建し、自らも眠るという「康善寺」を確かめに出かける。
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 この寺は、奥州街道の西裏通りにある。
 福島駅から平和通りに出て、奥州街道の西裏通りを進む。この辺り、元は映画館があった辺りだ。今は廃寺になっているが、ここにもう二つの寺があったという。
 そこを過ぎたあたりに「康善寺」があった。


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 案内板によると、この寺は、古川善兵衛が、黒岩にあった秀安寺を移してきたという。そして、故郷の寺の名前と自分の名前の一字ずつをとって寺の名にしたということだ。

 西根神社の案内板にあった祭神治績の寺院関係と結びつく。
 そこに、創建関係として、福島康善寺・霊山大善寺・康学寺・瀬上台巌寺・鳥渡政善寺等の建立が挙げられ、福島黒岩虚空蔵堂の再建が挙げられていた。

 また、西根神社にあった寛延4年(1751)に建立の寛延の碑ともかかわる。この碑は、古河善兵衛頌徳碑で、かつて穴原部落(旧地)の路傍に建てられていたという。この碑の撰文が、この寺の僧ということでのかかわりだ。


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 ここには、自らの墓も祀られているという。


 ここから、奥州街道を北に向かって進む。
 福島歴史資料館は、休みだったが、「天地人」にかかわって、李平宿の散策のパネルが掲示されていた。

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 稲荷神社に立ち寄って、詣でる。
 もう正月は過ぎたので、露天商の方々は店仕舞いの支度中だった。

 ここから信夫山に出て、それから家路につく。


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 ここに、桑折宿を散策した時に撮った「大安寺」を貼り付けておく。この寺は、古河氏と同様に西根堰開削の功労者である佐藤新右衛門の墓があるという関連だ。







無為山「康善寺」案内板説明内容
 無為山「康善寺」
 黒岩にあった秀安寺がその前身。上杉家臣で福島代官であった古川善兵衛重吉(西根堰開削者)が現在地に移し、故郷信州の康楽寺と自らの名前とから一字ずつを採って康善寺と命名したといわれています。境内には、古川善兵衛の墓がまつられています。

福島城下まちづくり協議会

by shingen1948 | 2009-01-07 04:59 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(0)