地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

阿津賀志山防塁現地説明会③~防塁内側の空堀

 今回の阿津賀志山防塁現地説明会の地点は、二重堀が切れているとのことだった。その切れた阿津賀志山防塁の確認と、土橋の検出が、第1試堀の地点である。そして、二重堀の内側の空堀の確認が、第2試堀の地点ということのようだ。

 この地点では、この二重掘りの防塁の内側に、更にもう一つの空堀があるというのだ。
 今回の説明は、木戸口の後ろに何らかの防御施設があったはずだという推論をもとにしていて、そこまでで止めていた。
a0087378_41935.jpg

 その空堀の確認が、第3試堀の地点ということのようだ。


a0087378_431580.jpg

 そして、その空堀の延長の確認が、第4の試堀の地点ということのようだ。この第4の試堀の地点は、道路を挟んだ所にある水準点近くだが、そこにも空堀を検出しているようだ。

 発掘調査現地説明会資料には、最後のページに「国見大木戸遺跡の遺構」の解説が載っている。
 平成19年には、東の台地を囲むように溝が発見されているとのことだ。まだ、確定的なことはいえないのだろうが、ここに防塁に伴う館跡があったことを想定して調査が進められるということになりそうだということのようだ。


a0087378_461812.jpg

 第4・第5試堀部分では、その溝の端の土塁を確認しているようだ。


a0087378_483684.jpg

 この第3~5試堀をつないだ部分が、東の台地を囲む溝ということで、この台地が、木戸口の後ろに何らかの防御施設であり、阿津賀志山の戦いの中心的な役割をなした施設ということになっていくのだろうと思われる。


a0087378_4105718.jpg

 その構造を明らかにすることで、大木戸の戦いの具体的な戦略を明らかにしようとしているように思える。
 第6の試堀部分では、その平地面の確認をしているようだった。
by shingen1948 | 2008-10-21 04:16 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)