地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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庚申壇古墳説明会⑥~出土遺物

 福島民報地方版で、考古学ファン約60名が参加したとして、この説明会が報道された。
 見出しは、「墳長35m、5世紀に建造」・「庚申壇古墳(本宮)福島大第5次調査で判明」「埋葬施設は2基」。
 
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 この古墳で出土した埴輪では、円筒埴輪が最も多く、朝顔型埴輪も一部確認されているとのことだ。それ以外の埴輪片もわずかに出土しているそうだ。
 色調や形態の異なる埴輪が確認できることから、複数の工人によって制作されたと考えられているようだ。


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 年代を特定するのには、埴輪の表面のはけ目状の調整痕が大切らしい。
 ここの埴輪は、タテ・ヨコ・ナナメの調整痕が施されているが、特にタテに調整を施した後に横方向の調整が施されたれた埴輪が確認されているとのことだ。
 円筒埴輪では、底部はタテ方向の調整のみが施されているが、上部ではヨコ方向の二次調整が施されていると考えられているようだ。
 年代特定にもう一つ大切なのが、黒斑で、これがあれば野焼の可能性がある訳だが、これはなかったとのことだ。
 天王壇古墳などから出土している人物や動物の埴輪が確認されていないことから、天王壇古墳よりやや古い時代を推定している。

埴輪から、年代を5世紀前半頃と推定しているが、これは、出土した土師器・須恵器とは矛盾していないとのことだ。


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 出土位置とのかかわりでは、次のようだ。
○ 前方部隅角では、表土や盛り土が流れ込んだと思われる層から200点の埴輪片、古墳とはかかわりのない土器片数点出土。
○ 後円部周溝では、表土や流入土層から、500点の埴輪片、須惠器1点・土師器杯片数点、古墳時代以前の土器と石器が出土。
○ 後円部墳頂からは、そのまま現場に残されていた鉄製品7点で、礫床の直ぐ上から出土していることから、副葬品を考えているようだ。考えられるのは、刀子・帯金具・工具等とのこと。
 ここで示されている鉄製品は、先の調査で上部の層から出土した鉄鏃1点とのこと。


 年代等、今まで考えられていたこととの違いはなさそうだ。
 専門にやっている方にとっては常識でも、自分にとっては天王壇古墳など華やかな出土に比べ、それより地味な出土によって年代が古いとする考えが面白い。
 七壇のうち、二子塚古墳などは前方後円墳でありながら、埴輪等の出土はもっと少なく地味だ。もっと古いということになるのだろうか。
by shingen1948 | 2008-09-12 04:23 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)