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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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庚申壇古墳説明会③~後円部(墳端と周溝)

 前方部隅角の位置から、 前方部を超えて、地図上の「後円部第1」とある地点に移動する。
 ここでは、円墳の墳端とそれに続く周溝、そして、できれば埴輪の据え方について明らかにしたかったようだ。

 確認された土層は、流土と黄褐色のローム層である地山とのことだ。流土は6層あって、その中から、土器片と大量の埴輪片が出土したとのことだ。
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 ここでは、周溝の特定作業が中心のようだ。地山の傾斜が変わる位置を確かめ、周溝の内縁と外縁している。その傾斜は、外側は急で、内側は穏やかで、非対称形であるとのことだ。この周溝の目的は、墳頂に積み上げるための土の確保とのことだ。

 内縁の周溝の平坦になる位置を墳端ととらえている。この位置から、後円部の大きさは計測されたのであろうか。

  先の前方部隅角の説明地点で、周溝がないのかという質問に答える形で、この周溝が古墳全体をぐるりと回してあるのではなさそうだということが分かった。


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 この辺りの周溝の外側の斜面には黒い堆積土が確認でき、そこから、古墳期以前の土器片や石器片が出土したとのこと。この下層に古い住居跡の遺構があると考えられ、周溝はその一部を壊して掘られたものと考えられるとのことだ。

 この古墳は、長尾氏の館として使用され、その長尾氏の館跡は、東北線の開通で分断されるということだったが、この古墳も、縄文あるいは弥生の住居跡を壊して構築されていたということだ。


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 周溝調査位置から、墳頂を見る。

 資料を確認すると、ここからは出土遺物として埴輪片500点を中心に、土師器片、須惠器片など数点が出土しているとのこと。
 埴輪片は周溝内の流土から多く出土しているとのことで、墳丘第一段か第2段目のテラスに設置されたものが流れてきたと考えているようだ。


 この古墳は、天王壇古墳に比べ、印象的に派手さは感じなかった。しかし、今ところ、位置的にみても、開発の嵐に晒される可能性は少なく、これからも、景色とともに存在し続ける古墳だと思う。そこに価値がある古墳だと思う。そういう意味でも、こういった派手さのない地味な計測が似合っている古墳だと思う。
by shingen1948 | 2008-09-09 05:15 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)