地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城現地説明会」にて⑤~南側の調査区(空堀跡)

 本丸の裏門を中心とした東面の他に、大手門側の南面については、空堀を中心とした調査結果について説明があった。
 先にここを訪ねた時には、砲台跡から平場を東に進み、藪をこいで、本丸の南東の端にたどりついたように思う。そこから高台に上がるのに、南面のこの空堀が渡れるようになっているところを登ったと思うのだ。今にして思えばということで、その時にはこの空堀は見えていなかった。
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 調査は、本丸の南面と空堀の堀底を探ったようだ。
 ビニール紐で示されているのは、土塁の底とのことだ。その脇のやや深くなっている所が、堀の底ということのようだ。特徴的に浅いことと細長いということのようだ。
 浅いということから掘り進んで空堀にしたのではないと考えられるようだ。
 土塁部分は、平らな面に土を積み上げたということで説明がつくようだ。南面を成型しながら、そこで出た土を土塁として積んでいってこの空堀を形成したということのようだ。

 細長いということと南面の傾斜等から、V字の型の空堀だったろうと想定できるらしい。
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 これからの調査は、部分的に掘って、二の丸も含めて、南面に空堀はずっとめぐらされていただろうことを確認していくことになるようだ。
by shingen1948 | 2008-09-04 05:10 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)