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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城現地説明会」にて④~東側の調査区(通用門として)

下から眺めてみる。
 ここの一番高い所に追手門があり、その門から、柵が伸びていることを想像する。
a0087378_5444032.jpg

 

 ここは、左側に向かう通路に見えるが、左の林の奥には井戸があるとのことだ。先に散策した時に見逃したと思ったが、今回話を聞いていると、素人には見つけにくいらしい。ただ、今回のように雨が降っていると、水たまりになっているかも知れないとのことだ。更に、二の丸の追手門から真っ直ぐの所でもあるらしい。
 降り切ったところを、反対方向に七曲と連絡するという説明もあった。
 
a0087378_5462240.jpg

 発掘で剥がされた小石について、ここに敷いてあった可能性について話が出て、この面とめり込む状態ではなく、もう一つ土の層を挟んでこの小石が混ざっている層があったとのことだった。この程度の小石は、土留めには使うよな、この下で右手に折れるのは不自然かもしれないなど、ポツリポツリ感想めいたつぶやきを成程そういう感じた方もあるのだと思いながら聞いていた。

 日常的には、井戸水を汲むのにここを通っていて、いざという時にはここから七曲へも抜けられる道として自分なりに頭の中を整理する。そう考えると、人がここに居住していた生活のにおいを感じてくる。
Commented by at 2008-09-03 07:48 x
以前、厚樫山に登った時、いつの時代だったか・・・頼朝の軍を防ぐためだったかな?・・・柵の跡を遠望して来た事があります。伊達にはしっかり残されている歴史の跡が多いのですね? 
桑折西山城は半田山から見るとどの辺りになるのでしょうか?
Commented by shingen1948 at 2008-09-05 04:14
 半田山からは南東の方向です。
 桑折駅から南西に見える山です。
 半田山には、駅から北に向かって、線路を超す道を西に向かって奥まで行きますが、ここは、南に向かって線路を超す道路を西に向かうと、直ぐのところで、案内板が建っています。
 道路一本だけ違う感じですね。
Commented by at 2008-09-05 06:54 x
半田山には銀山があったとかで有名ですが、どちらが先なのか興味深いですね。大蔵省が直ぐ隣に控えていた訳ですね?
Commented by shingen1948 at 2008-09-08 20:48
そこまで考えませんでした。本格採鉱は慶長3年(1598)米沢藩上杉景勝氏の代とのことですが、発見は大同元年(807年)とのことですので、まったく可能性がないわけではなさそうですね。
 伊達氏は伊達郡の金山等には未練があって、取られないように埋めもどしたたというような話もあるようですので……。
by shingen1948 | 2008-09-03 05:49 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(4)