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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城現地説明会」にて③~東側の調査区(裏門と柵)

 東側の調査区では、いわゆる「追手門」、通路や柵の状況があきらかになったようだ。
 まず、門だが、「追手門」は、四脚門と呼ばれる形の門で、まわりより少しほりこんだ建て方で、通路の一番上の所に建てられていたということのようだ。
 素人には、結論よりも、そこにたどりつく話が面白く聞けて楽しかった。
 まずは、当時の面まで掘りこんでいくらしいが、それは色で判断するらしい。白っぽい土になったら、上の黒い土を丁寧に取り除いていくと当時の面になるらしい。


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 その中で、少し凹んだ丸い跡を確かめて、上の黒い土を取り除くと、柱穴らしいと想定される跡がみつかり、そのうちの四脚門と形状が合うものを探したらしい。
 最初、該当するものみつからなかったらしく、より端に近いところを丁寧にはがしたら、残り2本に相当するものが確認できたということらしい。
 そこを、我々にも分かりやすいように、ビニール紐で示してくださっている。


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  いくつかの丸跡はその他にもあって、変遷かなと思いつつ、小心者は質問もできず勝手に納得しておくことにした。


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 通路に当たる部分は、やや凹んでいる。これは当時の人々が歩いたことによる凹みであり、ここに人間を感じさせられる。
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 門から細い凹みが続いていて、それを柵と想像しているようだ。塀のようなものなら細すぎるということらしい。ここからは、時代考証なのだろうか。四脚門も、この上の部分は、想像になるのだろうが、手がかりは、先に桑折寺を訪ねた時に、「桑折西山城③の搦手門 ~ 「桑折寺の山門」」とまとめた桑折寺の門でいいのだろうか。この時は、自分は二の丸の門として想像している。

 東側から見た想像図にまとめたものが資料として配られた。


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by shingen1948 | 2008-09-02 04:39 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)