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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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元相応寺近郊の寺


 元相応寺の位置を確かめるのに、無意識に安達広域バス停「地蔵免」を目印に探していた。
 この近くに、縄文遺跡があったなとか、正福寺があったなと思って、「大玉まるごと百選」を眺めてみた。
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 その中で、正福寺は次のような沿革が紹介されていた。

 新義真言宗、城守山正福寺と称して、永録元年(1558)山城の地に実弁上人によって開創され、宝永5年(1708)法印義湛法師によって現在の高台の地に再興し、享和3年火災により焼失、同年再興された。

 気になったのは、その説明の中に、御本尊に地蔵菩薩を奉安しているとあったことだ。
 不確かな記憶だが、「地蔵免」というバス停の名称の「○○免」というのは、年貢を免除されるという意味だと聞いたような気がしたのだ。
だとするならは、正福寺の御本尊に地蔵菩薩が奉安されていることかかわって想像してもよいように思ったのだ。

 この地域の地蔵信仰の足跡を感じる散歩について、先に2か所整理していた。
 一つは、本宮から岳道に入る所にあったという地蔵塚で「お地蔵様①~岳道の地蔵塚」として整理した。この時、地蔵信仰の概略を次のように確認した。
 日本民衆に多くの親しみを与えた地蔵信仰は室町時代からで、6道輪廻の各所に現れる六地蔵信仰から爆発的に広がりを見せ、日本古来よりの道祖神と習合して発達した。
 江戸時代には鎌倉時代に始まった身代わり地蔵信仰が発展し発達して泥着け地蔵・矢取地蔵・縄目地蔵延命地蔵子育て地蔵腹帯地蔵とげ抜き地蔵水子地蔵などが作り出されたとのこと。

 二つ目は、原瀬地蔵塚の景色に出会ったことを、「お地蔵様②~原瀬地蔵塚の景色」として整理した。
 この時に、信仰の概要について次のように確認した。
 人間は人間界にいるが、悪行を繰り返すと畜生や地獄に生まれ変わる。良いことを積み重ねれば天の国に生まれ変わる。六道輪廻という。
 地蔵菩薩は 娑婆世界を守ることが使命なのでこの六道全てを守護すると云われている。
経を読誦し香華をあげ、飲食衣服珍しい宝を布施し、供養をして褒め称える仰ぎ見て礼拝をしたら28種の功徳を得られる。
 
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 今回は、あちこち6地蔵が気になっているので、6道について確認しておく。
 あの世とこの世の境である6道の入り口に地蔵が建ち衆生を教化すると考えられて6地蔵が生まれたという。
6道は、具体的には3悪道と3善道になる。3悪道は地獄道・餓鬼道・畜生道で、3善道は修羅道・人間道・天道ということである。


 この寺の脇物に不動尊をお祀りしていることや、文覚上人が背負って歩いたお不動様を安置しているとのことだ。このことは、この地の山岳信仰とのかかわりを感じさせるところだ。


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 その他、ここは、明治7年玉井分校山入小学校となり、明治8年に学校が新築されるまで本堂が学び舎だったとのことで、この地域の拠点であったことが分かるが、もう一つ、戊辰戦争の際、官軍が放った弾痕の傷痕が本堂に残っているということだ。
 ここを貫通し、本堂の柱に弾痕があると聞く。このことは、先に整理した戊辰戦争の折、会津へ向かう官軍が、ここを通って母成へ向かったということとのかかわりだ。
Commented at 2008-08-29 07:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shingen1948 at 2008-08-31 16:38
 眉岳=前ヶ岳でいいと思います。眉のように横たわる岳とイメージするか、前の岳とイメージするかではないかと思います。使い方に法則性はなく勝手に使っているように感じています。
 あちこちの案内板を読んで、説明なしでみんなが知っているという前提になっていて戸惑っているのに、自分も同じようなことをしているようですね。反省です。
by shingen1948 | 2008-08-29 05:41 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(2)