地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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恵日寺⑤~本尊薬師様に願うこと


 宗教的な意味はよく分からないが、恵日寺の本尊である薬師様への願いは、宗教家と人々では少し違うようには思う。
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 人々の願いについては、薬師堂の案内板説明にあることが分かりやすい。
 中世以降の慧日寺は薬師信仰に基づき、治病延命・産育・子孫繁栄を祈願する民間信仰の寺としても栄えて行きました。

 人々は現世の生活の中での功徳を求めているということだ。
 そのことを「みちのくの薬師」の後半では次のように、述べている。
 9世紀になると、人々にとっては、薬師は疫病を封じる功徳をもたらすものとする。
 当時、疫病は道を通って外から侵入すると考えられており、必然的に薬師悔過はそうした場所で勤修されたため、薬師尊像も街道の拠点に沿って配置されている事例が多かった。

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 徳一廟の案内板の次の記述も関連がある。
恵日寺周辺の住民は石塔を削り、薬として服用したこともあったので、軸部などが細くなってしまっています。この風習は恵日寺の本尊、薬師如来信仰によるものと思われます。



「みちのくの薬師」では、仏教思想としての本来的な意味であったであろう薬師如来安置の意味についても述べられている。
 それは、薬師如来の役割として、戒の護持をかなえることであるとした。
 「戒」(心身の清浄性を保つこと)は、成就のための基本的な条件であるのだが、そこに、たとえ戒を破ったとしてもその名を聞くことで破戒の罪が滅し、再び清浄を得ることができるという功徳あるものの存在が必要だったとする。

 狩猟を生業ともしていた蝦夷にとって、殺生は不可避であったが、戒を護持するためには、その殺生に対する滅罪が希求されたのである。そのために薬師・観音といった尊像の存在が必要であったというのだ。

 仏教思想は、国家宗教なので、日常の生活に罪への意識と滅罪の因果を持つことで、大局的には国家の平安につながるということだとする。
 薬師様の安置は、仏教の民衆化の方法でもあるようだ。
先に、「仏教の民衆化を探る」として整理したことのうち、山岳宗教とのかかわりや、磐梯神社に引き継がれた歌や踊りを共にして、喜びを分かち合う共同体の祭礼も、恵日寺の特色としての要素になるようだ。
 薬師様と人々のかかわりについて、以下の要素もあることを付け加えておく。

 人々が、(勝常寺の薬師如来を)身近なレベルで受け入れている証拠と見ている。実際に薬草を使って多くの命を救ったり、病気を治すという現世的なご利益をもたらしていたと推測している。また、仏教受容の日本的な特異性として、法や僧よりも仏の崇拝が中心であり、そこに仏像の役割があるとみている。
 勝常寺は、現世的な利益が重んじられ、救護院的な役割もあって、そういったことを受け入れようとしたのではないかと推定しているようだ。
by shingen1948 | 2008-08-20 05:56 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)