人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

恵日寺へ

 この寺を初めて訪ねたのは30年以上前で、その事情については、先に県立図書館で『伊藤泰雄編「会津恵日寺」を見つけた』ことについて書いた。
 突然寺を訪ねたのに、親切にいろいろ教えていただいた。そして、これが一番分りやすいと思うよと薄い冊子を手渡されたことを思い出す。
 a0087378_8102740.jpg
 今回の慧日寺跡の金堂再建のニュースは、会津仏教文化のニュースとしてよりは、もっと個人的な気持ちを伴っている。あれからずっと慧日寺再建の動きが延々と続いていたことの驚きでもある。金堂再建はその節目の一つである。


a0087378_8122572.jpg
 現在の恵日寺を山門から眺め、左手に普段お住まいの住居にエールと感謝の心で懐かしく思いながら少し休む。


 山門のところには、「慧日寺」と「恵日寺」の2つの案内板が建っている。

 恵日寺の案内板にその事情について説明している。
 明治政府の廃仏毀釈によって廃寺にされた後、苦労して復興を成し遂げた後のこの寺を「恵日寺」と記し、国指定の史跡を「慧日寺跡」とは分けて書くことにしているとのことだ。
 政府軍の会津への屈辱に比べ、大きく取り扱われることはないが、精神文化的な側面からは、この廃仏毀釈で受けた被害は大きかったのではないかと勝手に思っている。


恵日寺
 磐梯町指定文化財第7号
 昭和53年9月25日指定
 a0087378_8141454.jpg
 恵日寺は、磐梯山と号し、真言宗豊山派に属します。
 古く絵地図にあり、明治初年の廃仏毀釈によって一時廃寺となりました。塔頭であった観音院のもとに法燈をうけつぎ明治37年5月寺号の官許を得、更に大正2年「磐梯山恵日寺」として堂塔の修復をし再興の緒として今日に至っています。
 たび重なる火災や廃寺のために丈六の薬師如来像、四天皇より下賜された銅印・瑠璃尺など多くの貴重な宝物類を散逸しました。
 しかし、現在残された文化財の中で「白銅三鈷杵」が国重要文化財として指定され、「鉄鉢」が国重要美術品として認定されています。
 「白銅三鈷杵」は分怒形三鈷ともいわれ正倉院に2口、日光二荒山発掘物の1口に見られるのみで、最古の形式をあわらわし徳一の請来した所持品と考えられる貴重な文化財です。
 「鉄鉢」は永享7年の銘があり高台に皿型をもつものは例がありません。
 「絹本著色恵日寺絵図」は国重要美術品認定・県重要文化財として指定され、往時における伽藍の盛況をしのぶことができます。
 このほか「紙本墨書田植唄」「日光・月光菩薩面」「薬師如来光背化仏一具・七躯」が県の重要文化財として指定されています。
 現恵日寺の本堂は元禄15年(1703)に建立されたもので、300年の星霜を経た建造物です。
 廃寺にされた後に旧塔頭を元に「恵日寺」を復興しましたが、これと区別して、国指定の史跡を「慧日寺跡」と書くことにしています。
 平成6年10月
 文化庁
 磐梯町教育委員会

by shingen1948 | 2008-08-16 08:20 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)