地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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向羽黒山城④と南山通り

 今回は、上米塚から本郷までのこの街道を確かめながら、本郷で向羽黒山城に立ち寄ったということだ。

 若松から本郷までの「南山通り」を確かめれば、政宗の黒川城から向羽黒山城への道がイメージできるようだが、ここは小さい頃の原風景として浮かぶ。意識しないで歩いていた道ではあるが、この街道の大町→七日町→桂林寺通り→赤井丁→新横丁→河原町→材木町のあたりは、遊び場であった。
 ただ、飯寺から大川を渡り、対岸の上米塚へ続く所の渡り場は、意識していなかった。只見線の50m下流とのことだ。このあたりは確かめてみたいものだとは思う。

 この向羽黒山城の先には、政宗が城の整備を急ぐ背景がある。いつかは、この街道沿いに会津の奥を覗いてみたいと思う。この街道、「会津の街道」(歴春ブックレット)によれば、奥州仕置をした秀吉が京都への帰途に通過した道ともいう。関東へつながる道でもある。
 近年、若松で日光街道といえば、宇都宮街道をイメージするが、今回古道は「南山通り」であることを認識した。
by shingen1948 | 2008-07-30 05:15 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)