人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

「小谷温泉の湯」

 「南山街道」を若松から大川を渡ると、上米塚になるのだが、ここは川沿いに米蔵があって名付けられたといわれている。
ここから、南山街道は、本郷→福永村(火玉村)→関山→栃沢→大内宿へと続く。

 今回は、上米塚から本郷を過ぎ、福永村あたりまではこの街道を通り、そこからは、この古道を右に見ながら、その脇の新道を通って芦野牧温泉に出た。
a0087378_4255781.jpg
 芦ノ牧橋の手前、下流側へ下ると大川渓谷沿いに温泉神社があり、「小谷温泉由来」の案内板が立っている。


小谷温泉由来
  伝説によると大同元年(806)第51代平城天皇の時代に会津はその全域にわたって大地震にみまわれた。一夜にして猪苗代湖が出現したというのもこの時である。翌年(807)弘法大師は勅命によって会津に下り清水寺(恵日寺)を建立そして会津4郡の民衆を教化したという。
 こうして各地を巡錫していた大師は或る日小谷の川端に足を痛めた鶴と目を患う亀とが浴みしているのを発見した。
 鶴亀は両三度入浴すると不思議や傷は癒え、病は治った。
 この霊験に感得した大師は多くの人々のために浴場を開くほか、小谷山大慈寺を建立(本尊千手観世音)また岩窟に祠をたて、その脇に松杉柏を植えたという。
 其の後至徳年間(1384~1386)領主芦名氏が浴場を整えて庶民の便をはかると記録にある。以来、小谷温泉は各領主庇護のもとに栄え今日に至ったのである。
 後藤勝弥


 「恵日寺が弘法大師によって建立され、会津4郡の民衆を教化した」というくだりは、気になるところだが、徳一大師と置き換えて、伝説なのだからと納得する。

a0087378_4351812.jpg
  温泉については、パンフレットでは、以下のように紹介している。

  温泉泉質:カルシウム・ナトリウム硫酸塩・塩化物泉(硫酸塩泉)
効能: リウマチ性疾患・神経症病後回復・疲労回復・創傷・動脈硬化・痛風・婦人慢性病   
   等
湧出口:掛け流し天然温泉

清掃の関係で、入浴可能時間は14:30頃からになるようだ。大浴場と露天風呂があった。
  源泉温度は、58℃とのことだが、適温。ちょっとぬるっとした感じがしたので、アルカリ泉と思うが、確認はできない。


a0087378_4392124.jpg
  風呂から見えるこの河原は、昔船で渡れたとのことだ。綱が一本渡っていて、自分でその綱を引いて渡ったとのことだ。後で川の水が少ないと、河原の露天風呂が見えることを知ったが、見逃した。
 
  川向いに、子供が小さい頃、温泉に入りながらプールで遊ばせていたホテルがこの右手に見えて懐かしかった。
by shingen1948 | 2008-07-29 04:57 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)