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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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旧二本松街道松並木

 三忠碑のあるところの松並木は、「旧二本松街道松並木」である。
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 松並木の中に一段低くなっている所があり、恐らくこれが旧二本松街道であろうと想像がつく。


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 この道をたどるとかなり長い。散歩道を横切り、奥まで進んでいく。
奥州街道の長坂に残る街道よりも遥かに長く面影を残していることに驚く。しかも、この後、一里塚につながっていることがわかる。


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 ここから、磐梯青年の家の五輪塔までの旧街道の道筋ははっきりしないが、土田用水の脇を通ってきているのではないかと想像をする。

 県道から、五輪塔に行くのに、磐梯青年の家へ向かう道を使ったのだが、これは旧二本松街道であった。
 猪苗代城下から県道と重なっていた二本松街道は、磐梯青年の家の五輪塔に向かっていたのだ。
 そこから、この松並木に至る道が消えているということだ。

  松並木に案内板が立っていて、旧二本松街道の道筋について説明する。その中で、現在二本松街道沿いに通っている県道は、明治25年開通であることも読み取れる。

  楊枝峠あたりについての様子を情報で確かめているが、本宮側から入るのは、廃道になっていて難しいらしい。近づくとすれば、猪苗代側からしか方法はなさそうだ。猪苗代城下については、現在の道筋とのかかわりで確かめられそうではある。
旧二本松街道松並木
平成10年1月7日指定

近世における楊枝峠経由の若松城下と本宮宿との間の街道を、二本松領内では会津街道、会津領内では二本松街道といいました。
本宮宿から苗代田・横川・中山の各宿を通り両藩界の楊枝峠を越えて楊枝から壺下番所に出、関脇・都沢・西館・東谷地を経て猪苗代城下に入ります。名古屋町・本町・新町・中町・土町を通って大寺に通ずる道に出ます。ここから松林に入りますが、雑木雑草に覆われていて面影はありません。大寺を出て日橋川を渡り八田野を経て、郷ノ原の西を通り滝沢町に出ます。これが、旧二本松街道です。
主要道として賑わっていた旧街道に代わって明治25年新県道が開通したことにより、旧街道は衰退の一途をたどり、旧街道の道形や松並木の様子は殆ど認められませんが、この付近の松並木は街道跡として良好な状態で残っており、当時の面影がうかがえる貴重な場所です。
平成10年3月27日
猪苗代町教育委員会

by shingen1948 | 2008-07-22 05:33 | Comments(0)