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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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舘下橋と米沢街道大森道

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 福島市の民家園に再現された橋銭小屋のモデルは、確かこの舘下橋であったはずだ。この橋は、米沢街道大森道が、天戸川、須川、白津川、鍛冶屋川が合流し、荒川に注ぐ手前にある川を渡る橋で、半沢氏のメモによると、明治32年から10年間有料橋だったとのことだ。
橋銭小屋という表現だが、半沢氏のメモでは、五厘橋とその番小屋という言い方をしている。渡り賃が、1人5厘であったことから、そういう言い方をしているらしい。牛と馬が1銭で、馬車や人力車は2銭をとっていたという。これで、この橋の工賃700円をまかなったとのことだ。その旧橋は、今の橋の西側にあったような気がする。
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 米沢街道大森道が、この川を渡るのは、現在の橋の位置より東側の「舘下」あたりだろうと思われる。ここから、大森方向の米沢街道は、消えているのだが、ここを想像をふくらませながら歩くと、昔の景色に出会えることがある。

 10年ほど前の話だが、この辺りを散策しているとき、西工業団地入り口の角に、道標が転がっているのを見つけ、時々直してあげていた。何故そこに道標が転がっているのかが不思議に思っていた。
ある時、その訳が分かった。親切な方がいて、廃道になった旧道には道標はいらないということで、現在の道に置くのが正しいと思って移されたということだった。
 その道標の昔の位置を確かめたいと思って近所の方に聞いたことがあったが、その時にはすでに分からなくなってしまっていた。

 そして、現在は、その角に転がっていた道標すらも無くなっていて、ちょっと寂しいなと勝手に思っている。
by shingen1948 | 2008-07-10 20:06 | ◎ 米沢街道 | Comments(0)