地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

隅ケ城二重壕跡辺り

a0087378_6241395.jpg
 森合古墳を確認した後、前からよく分からない気分でいたあたりを再確認しようと思って立ち寄った。
 ここは、隅ケ城跡という標識が立っているのは前から分かっているのだが、具体的なイメージが湧かないところだ。二重壕跡というのだから、舘を取り囲む堀りのはずだが、……。


a0087378_629563.jpg
 もしそうならこの庭の生け垣が関わっているのだろうか。
 昨年4月に、この生け垣の植物がまだ育っていない頃に撮影したのがある。見比べてみてもそうだと言い切れそうもない。


a0087378_6334054.jpg
 この民家の奥が少し低くなっていて、右手が高台になっているような気もするが、よく分からない。ひょっとするとポイントを示しているだけで、遺構ではないのかもしれないとも思うが、この生け垣も土塁かもしれない可能性が無いわけではないので、一応記録しておく。
 「山形・福島・宮城の城郭」には、文治年間(1185-90)信夫重郎の居城で、土塁、空堀が残るとある。この辺りの文治年間の城郭だから、佐藤氏一族とかかわりなく存在できないだろうから、そのかかわりでの城館であろうことは想像できる。


a0087378_6453387.jpg

 このあたりは、道路の改修で、旧道の曲がりくねったところが、そのまま道路の脇の広場となってあちこちに残っている所だ。改修は、西工業団地とのかかわりであろう。このあたりの歴史的に主要な道路は、橋を渡って左に折れる道で、これが米沢街道大森道だ。この辺りの激しい改修にもかかわらず、この道はまだ趣が残っている。

 福島市の民家園に再現された橋銭小屋のモデルは、確かこの「舘下橋」であったはずだ。
by shingen1948 | 2008-07-07 06:57 | Comments(0)