地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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高倉宿(高倉城④の城下町として)

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高倉宿は、江戸から44番目の宿で、日和田宿から1里約4㌔、本宮宿へは1里11町約5㌔の位置にあり、背後に高倉山があり、室町、戦国時代は、畠山氏の居城だった。この宿場も、八丁目宿のように、高倉城の郭内(武家屋敷町)を基に集落が形成されたと考えられるという。

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 そうだとするならば、山清寺の平場と同じように、高倉山の北側にある神社あたりも重要であるように感じる。


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 現在は村社「鹿島神社」になっている。
 階段を登ると、広場があって、その北側に、神社は建っている。


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 そして、そこから少し登ったところには、古くからの社であろう稲荷が祀られている。


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 そこから、急な坂道だが、登りの山道が続いている。これは、少し登って振り返ったところである。


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頂上近くは、行き手を防ぐ倒木、藪である。


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 山清寺と鹿島神社の中間地点に、不動尊があるのだが、その意義は、高倉山頂部の真下ということに意義があると思われる。 

 ここには、確かに古い建物はないが、ひなびた雰囲気の中に、そういった背景を重ね合わせてみると、それなりに感じるものはある。
by shingen1948 | 2008-06-21 06:02 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)