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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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羽州街道②~小坂宿

小坂小学校の前に、羽州街道についての説明、小坂宿、小坂峠など福島県側にある街道の説明する案内板が建てられている。羽州街道は、ここを少し過ぎると、右に折れる。
 案内板の説明によると、この辺に口留番所はあったようだ。
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曲がるとすぐに小坂宿だが、目に付くのは蔵づくりの家だ。ここから奥羽山脈を横断することになるので、その最初の難関小坂峠越えを意識して、休憩を取ったり宿泊したりして備えるのに使われた宿のようだ。


 案内板では、羽州街道全体や歴史など多くの情報を掲載している。その中で、小坂宿については次のように紹介する。


 羽州街道最初の宿場小坂宿
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 奥州街道と分かれた羽州街道の最初の宿場が小坂宿でした。この先に難所の小坂峠があるため、旅人や参勤交代の一行はこの宿場で休んだり、宿泊して峠を越えたようです。秋田藩主の佐竹公もこの宿場に泊まっていたことが記録されています。
 宿場は街道を挟んで短冊状に屋敷割りされ、今でもその形式が残っています。
 街道の道幅は二間半(約4.5m)、家の間口は六間(10.8m)でした。宿場の北端で街道は直角に曲がっていて、そこに街道を通る人や荷物を監視する口留番所がありました。
 上州館林(群馬県)に国替になった山形藩主の秋元氏一行が羽州街道から奥州街道と移動しました。そのときの様子を絵巻に残した山田音羽子は、小坂宿の茶屋で出された竹の子の煮つけが珍しかったと書き残しています。
 小坂宿は羽州街道の中でも、当時の雰囲気をよく残している宿場の一つで、街道の両側に並ぶ蔵づくりの家に、羽州街道の古の様子がよく伝えられています。

by shingen1948 | 2008-05-20 04:20 | Comments(0)