地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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万正寺の大カヤ

  この大カヤは、先に4代伊達政依が1286(弘安9年)年から開いた伊達五山の中心的な役割を担う東昌寺の旧地の位置の目印として登場させた。
  この寺は、政依の自らの菩提寺でもあり、南北朝時代には足利尊氏によって陸奥国安国寺に指定された名刹である。
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しかし、この木に近づいてみると、この登場のさせ方は失礼だったような気がする。


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木の精霊のようなものを感じる大木なのだ。幹の太さと醸し出す年輪に圧倒される。
何かの資料で見たのだが、この幹の太さは多分カヤの木の中では日本一らしい。


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高速道路の直ぐ脇という条件下だが、その木の下に抱かれるように入り込むと、凝縮して詰め込まれた時の流れが醸し出ているような、そんな錯覚に近いものを感じるのだ。
案内板によると、鎌倉時代の古瀬戸の瓶子や火葬した遺骨を埋葬する赤褐色の蔵骨器が発掘されたとのことだが、そういった時代から、西山城を中心として展開されてきた攻防を見詰めてきたという時の流れを感じさせる木だ。

この大カヤは、桑折駅から歩いて西山城に向かってくると、上り坂になる手前の左手にある。案内板の住所を見ると、「万正寺の大カヤ」そのままだ。伊達五山の寺の名前と思われる地名が残っていたことと合わせて、この地域が鎌倉時代からの歴史を日常に溶け込ませていることに驚かされる。
案内板には以下のように説明されている。
福島県指定天然記念物
万正寺の大カヤ
昭和28年10月1日指定
所在地 桑折町大字万正寺字大榧4番地
所有者 観音寺
根まわり  8.1m
目通り幹囲 7.2m
樹 高   15m

根元1m上から5mまでの間に、枝が四方に10mほど垂れさがり、カヤの巨木としては県内随一のものである。
この大カヤ付近は、古来から伊達氏ゆかりの地で、明治10年、鎌倉時代のものと考えられる古瀬戸の瓶子(細長く口のせまい瓶)が出土し、昭和26年再調査のおりには瓶子のほか赤褐色の蔵骨器(火葬した遺骨を埋葬するために作った容器)などが発掘された。
福島県教育委員会

by shingen1948 | 2008-05-11 05:04 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)