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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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堰下古墳を訪ねる

国見町周辺を散策した中から、古墳について整理している。
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 この堰下古墳は、藤田駅南西のニュータウン内の展望台にある。
 案内板によると、「直径22m高さ3mの円墳で、葺き石がふかれている」とのことで、墳丘を再現したのだろうが、あまりにもニュータウン内の公園に現代風にマッチしていて実感がわかない。
 でも、これが昔の姿らしい。「ふくしまの文化財」にも、昔の姿にもどされた円墳と紹介されている。

 今も県北地方では最古の古墳かどうかは別にして、墳墓を埴輪と葺石を持ち竪穴に箱式石棺をおさめる中期古墳の姿は、現代の風景にも違和感なくマッチしていた。

 案内版には、次のように説明されている。
町指定史跡
 堰下古墳

 昭和48年3月10日指定
 この古墳は、展望のきく標高90mの独立丘陵上に位置し、古墳時代中期(5世紀前半)の構築とみられ、県北地方では、最古の古墳と考えられる。墳丘の規模は、直径22m高さが約3mの円墳で、表面には葺き石がふかれていた。
 昭和46年に国見町教育委員会が行なった発掘調査によれば、埋葬施設として、板状の石材を箱型に組み立てた箱式石棺が置かれていたとみられ、円筒埴輪や、石製模造品などの副葬品が出土している。
 戦後、墳丘の裾部から和鏡「洲浜双鳥鏡」が出土しており、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、仏教の「末法思想」の盛行にともない、この古墳に経塚が営まれていたと考えられる。
 昭和61年3月25日
 国見町教育委員会

by shingen1948 | 2008-04-21 04:18 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)