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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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馬場桜の価値を考える

馬場桜は、衰える一方である。
 昨年3月に文化庁の許可をうけて、2本の幹を伐採している。これは、ここから再生の期待をしないという決断を意味する。
 再生の期待を抱かせていたのは、中央の幹から枝が生えてきていたことだった。ところが、これが枯れてしまって新たな枝が生える気配もないということからの決断だったと推定する。
 残された幹は1本で、これも今年確認すると、概観的には変化がないが、細かく観察すると、上方に延びだ枝に花がつかなかったなど気になる所はある。

 「桜という華やかなイメージ」と「衰退というイメージ」のギャップに戸惑う。しかし、このことが、この馬場桜の真の価値なのかもしれないとも思うのだ。見事に生命の復活を果たしている桜は話題になり華々しい。ところが、馬場桜は、衰える一方であり、話題からは遠ざかる一方である。本当は、そのことが馬場桜の訴えであり、真の価値なのかもしれないと思うのだ。具体的には「生命と時間」の実感である。
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 農業改善センターには伐採された幹が展示されている。残念なことに皮が剥がされ、傷んだ所は取り除かれニスがかけられている。この美しさのため処理は、時間の実感生命の実感を打ち消してしまう。
 それでも、感じる事ができるのは太さの実感だ。室内に運び込まれた事でより実感が増す。年輪を数えるのは難しい。ニスが塗られていて数えにくくなっている。

 そんな限定された条件の中で、時間の推移を考える。一番単純なのは、次のようなモデルだ。
最初に一本の樹が植えられた。そこから新たな幹が根からの延びてきて二本の幹となる。更にもう一本の幹が延びて三本の幹になる。
 しかし、多分そんな単純なモデルではなく、新たな幹が伸びてきたこともあるだろうし、朽ち果てた幹もあっただろうと思う。それが延々1000年繰り返されてきたのだ。

 このことを念頭操作で繰り返す。一つの幹の年輪を想像し、そこに新たな幹の年輪を足す。一緒に生存していた時間を想像し、その分を引き算する。そこに失われた幹なども想像に加えて、1000年という時間に近づく事を試みる。

 すると、保存という概念が見えてくる。保存というのは千年の時間の経過の上に、生命を連続してほしいという願いの実現であるということだ。それは、純粋にそれを最優先にすべきで、経済的価値や生活の便利さを優先した時、破綻が待っているということだ。
by shingen1948 | 2008-04-19 20:46 | ◎ 天然記念物「馬場桜」 | Comments(0)