人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

矢祭町の塾講師が授業について

 4月13日の「福島民報」は、「塾のノウハウ学力向上に」と題して矢祭町の土曜スクール開校を伝えていた。一方「朝日新聞」は、「土曜日は復習を重視」と題して、教育長の談話も報じていた。
高信由美子教育庁の「出来る子を伸ばす進学塾方式ではなく復習専門。底力を引き上げ、学校を大好きになって欲しい」と話した。

 更に、塾の担当者も「勉強する習慣をつけさせる」と説明したという。

 一見すると納得してしまいがちだが、ちょっと変なところがある。できるる子を伸ばす進学塾方式ではないのなら、福島民報の「塾のノウハウ学力向上に」は合点がいかない。
 また、「朝日新聞」が報じる復習重視なら、努力すべき主体者は、誰かという問題をはらんでいるように思う。

 塾の担当者がいう「勉強する習慣をつけさせる」というのなら、習慣をつけさせるべき主体者は誰かということだ。この課題意識ならば、主体者は学校であり家庭であるべきだと思う。
 学校が、各家庭に家庭学習の必要性を訴えるというのが出発点だろうか。
 訴えられた各家庭は、学校が示す方策をもとに、子どもの実施を見守る努力をする。そして、その状況について家庭や学校が連絡を取り合って、実態に応じた次なる方策をとるというのが順序のような気がする。うまくいかないかも知れないが、子どものことについて悩みながら改善をめざすべきものだと思う。
 方法については、復習中心なのだから、教えるべきことは教えた上で、練習不足が懸念されることと、学習する習慣育成のためという目的に学校と家庭が手を取り合うべきなのだと思う。

 矢祭町の方式は、形式的には、教育委員会が中心になって計画し、塾の講師が中心になって活動が行われるという点では、東京の民間企業から来られた校長先生と同じような流れであるが、課題の質が違う。一方は、能力開発の一手段であるのに対して、矢祭町は、本来的な学力の向上である。
 また、方式として似てはいるが、主体者という点でも違う。訴えたのは東京は学校の長だが、矢祭町は学校の上層機関であるということだ。

 先に、幼児教育の子育て支援方策についての疑問を書いたが、これも主体者の問題だった。方策が本質と外れるのは、主体者無視の場合が多い。
 今回も再びきつい言い方だが、原則的な考え方を確認しておく。
 子育ては第一義的に親の責任であり、家庭が原点である。そして、テストに強い力とか、個性的な能力の開発というなら別だが、基本的な学力の向上なら、それは学校の責任であるべきだ。塾のノウハウを生かすことによって学力が向上するという質とは根本的に違うように思う。

 ここでも、何かが混同されて、そのままその解決が急がれているという感じだ。学校が主体性を発揮して、家庭に働きかけ、そのバックアップを教育委員会が果たすという構造にすべきではなかったかと思う。そして、その次に家庭での実施が不可能な子については、次の手として矢祭町のような手法もありうるとは思う。
 前提条件が整っているなら別だが、学校や家庭の本来主体性を発揮すべき仕事の放棄に手を貸すべきではないと思う。 




福島民報2008.4.13記事内容

矢祭町の土曜スクール開講 学習塾のノウハウで学力向上

 福島県矢祭町教委の学習サポート制度「土曜スクール」は12日、開講し、矢祭中で開講式が行われた。町内の小学5、6年生、中学3年生の希望者を対象に、町教委の委託を受けた郡山市の学習塾の講師が原則として毎週土曜に学習指導を行う。
 現在の参加者は小学5年生48人、同6年生45人、中学3年生41人の計134人で在籍者に占める割合は63・2%。開講式で高信由美子町教育長が入講を許可し式辞。片野恭平君(東舘小6年)、藤田真奈さん(矢祭中3年)が入講者代表の言葉を述べた。閉式後、クラス編成のためのテストが行われた。
by shingen1948 | 2008-04-15 05:16 | ☆ 教育話題 | Comments(0)