人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

縄文土器を作る時②

 疲れ気味なので、家で休みながら、散策に必用な縄文土器の常識的な類のイメージを確かめた。飯野広報でいう、「縄文土器は年代と地方が同じ場合、同じような文様がつけられます。そのため、ひとつの遺跡から出土する土器は似たようなものが多く、それぞれの遺跡で独創性があるわけではありません。」ということの確かめだ。

 まずは、企画展「発掘ふくしま」で、最古の土器のイメージを確かめた。とりあえずの候補は、隆起線文土器になるということのようだ。
 日本の土器の文化は、縄文式土器に始まるのだが、最初から文様があったということではないようだ。当然、無紋から始まり、やがて土器に文様を施すようになると考えるのが順当だろうということだ。

 日本最古の土器は、長崎県泉服地福寺洞穴の豆粒文土器とも言われているが、異説も在るとのことだ。その遺跡は、長崎県のホームページに、紹介されていた。

 今のところ、その地区の最古の土器探しは、隆起線文土器を中心にしているようだ。それは、隆起線文土器は全体形が分かり、東北から南九州まで分布が確認できるからとのことだ。
 隆起線文土器はほとんどが深鉢形を呈して、変遷としては、太い隆起線で、口縁部直下に文様を施すものから隆起線が細く文様帯が幅広くなって、わずかな微隆起文が密に施される段階に変化するとのことだ。

 企画展「発掘ふくしま」では、福島県で一番古い土器も、この段階の土器としている。
 この中で紹介されているのは、白河市高山、福島市愛宕原・獅子内・南諏訪原、会津若松市笹山原遺跡だが、そのうち、白河市高山遺跡から出土した隆起線文土器片が、白河市のホームページ「白河の歴史」で確認できる。
 この時代は旧石器時代とおなじように遊動が基本であり、定住化に向けて少しづつ変化しているころのようだ。その定住化の原因のひとつが土器だと考えられている。

 散策人の縄文土器というイメージである縄や紐をおしつけて文様は、いわゆる縄文早期という時期にこの隆起線文土器に縄文をつけるということで登場してくるとのことだ。その分布は東北南部から中部地方までとのことだ。
by shingen1948 | 2008-04-07 04:28 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)