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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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縄文土器を作る時①

 和台遺跡からは、マホロンの「ふくしまの文化財をみる」で紹介されているように、人の文様がついた土器など独創的な縄文土器が出土している。
 しかし、「飯野町広報12月号」では、縄文土器は、それぞれの遺跡で独創性があるわけではないと説明する。
 縄文土器は年代と地方が同じ場合、同じような文様がつけられます。そのため、ひとつの遺跡から出土する土器は似たようなものが多く、それぞれの遺跡で独創性があるわけではありません。

 この説明で、「長久保遺跡出土縄文土器文様が課題」で書いたような報告書の意味に合点が行く。そこで、登場するのが、福島県では大木式ということらしい。
 この大木式について「まほろん通信」(平成19年7月1日)「福島4000年前の美」の展示会にかかわって紹介された写真で少し分かりかけたような気がする。
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 磐梯山ふもとの縄文時代中期の集落遺跡である法正尻遺跡の貯蔵穴跡から見つかった土器についての説明である。
 この土器は、当時の福島県内で使用される土器の形や文様(大木8a式)をしており、底部まで残っていませんが、口縁部分の大きな4つの突起が特徴的で、それらの突起を穏やかな渦巻状の文様でつなげています。やわらかな文様と器面の色調が、作り手の人柄まで想像できるようです。

 この時代の福島県あたりの縄文土器の文様や形状はおおよそはこんな感じという事になるのだろう。

 ただ、自分が持つ縄文土器のイディアは、先が尖った容器で、縄文が施されているという感じだ。どう説明されようとその概念を打ち消せない。




飯野広報12月号「和台遺跡」コラム
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by shingen1948 | 2008-04-06 09:04 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)