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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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和台遺跡②

 飯野町のホームページでは「観光ガイド」として、縄文遺跡である和台遺跡と白山遺跡を紹介している。   
 この中で、出土した多数の出土した土器や石器、土偶の中から人体文土器の写真を紹介している。これは「福島の文化財」・ 「福島県ホームページ」など、あちこちで紹介されているのを見かけるが、狩猟文土器片の紹介は探せないでいる。
 また、出土品に鮭やエイの背骨があることから、川とのかかわりを推定しているが、そこには水運ということも考えているようだということが分かる。
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飯野町の広報では、毎月和台遺跡の出土品をネタに、縄文時代の生活をコラム風に綴っているようだ。
 その中で、1月号では川で捕る漁労活動を想像している。このことと関連する出土は、「骨製やす」と「網につけるおもり(土製円盤)」、「骨製の釣り針」とのことだ。従って、やすやもりを使う突き漁、網を使う網漁が行われていたということであり、釣り竿は出土していないが、釣りの漁労活動も行われていたということである。先日の案内板の説明も含めて考えると、阿武隈川を遡上するサケ・マスなどの漁労も行われていたということだ。

集落には、小規模な集落とその地域における拠点になった大規模な集落とがあるが、和台遺跡は拠点となった遺跡だ。住居数が県内最多だけでなく、東北最大級の縄文時代の遺跡である。その観点から、ここでも水運について触れている。
 出土はしていないが、縄文人の往来には、丸木舟があったことを想定し、阿武隈川を使った物資大量輸送も一つの大きな要因であったろうと想像しているようだった。
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 この阿武隈川は、飯野町あたりでこの堰堤によって水量を調整されている。このダムでせきとめられた少し上流が東和のカヌー漕艇場になっている。







飯野広報1月号「和台遺跡」コラム

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by shingen1948 | 2008-03-27 05:15 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)