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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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危機管理と歪な世界

 危機管理は、最悪の事態を想定し、その対処策をとるというのが原則だ。現場責任者は何の疑いもなくそう信じている。
 そして、実際に事が起これば、その立てた対処策の良し悪しが問われる。対応策が、事の事態に比して弱い時には、瑕疵責任が生じ、罰せられるという現実が待っている。

 そのことによって出来上がった世界をみてみると、どこか歪な世界が見えてくる。すると、この歪な世界に敏感な反応する世論が沸きあがる。

 研ぎ澄まされた社会学を駆使した街には、この二つの価値観が存在する。事が起きると、危機管理の甘さを追及し、日常の平和時には、歪な世界を追求する。責任を負わせられる立場に立たされたときには危機管理を強めればいいし、責任を負わせられない立場になったときは、歪さを追求すればいい。これが、世間を渡る常識になっている。
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 最近、こんな掲示を見つけた。福島の街中での看板はよく見かけ、日常的な風景として溶け込んでしまった「テロ対策実施中」だ。田園風景の片田舎にも、テロ対策実施が浸透してきたらしい。責任を負わせられない立場なので、歪な世界を批判しておく。
 映画「A」の森達也監督が言うように、日本の社会は危機管理意識が高まり、他者に対する不安や恐怖を強め、「特別警戒実施」が日常になってしまっている。しかも、感覚的に不自然だと感じなくなってしまっている。
 このことは、社会的に不安を高め、善と悪のような二項対立構図にするといった歪な世界に感覚が麻痺してきている事を意味する。

 責任を負わせられる立場の方は、聞かなかったことにした方がいいと思う。念のため。
by shingen1948 | 2008-03-22 07:19 | Comments(0)