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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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向山古墳群

これで、「前山1号墳」発掘調査報告書に示された「周辺の古墳」をもとに、安達太良山麓の「古墳を訪ね歩く準備をする」で示した古墳18基のうち13基訪ね歩いたことになる。
 地図を頼りに、思いつくままにぶらりと出かけては訪ね歩いているのだが、間違いなくここだろうと思うときもあれば、そんな雰囲気はなさそうだなと思うこともある。
 ここ向山古墳群は、そうだとは思うのだが、ちょっと自信がないところだ。
a0087378_574683.jpg
 本宮から杉田に抜ける奥羽街道と大玉から白沢の和田に抜ける安達太良ドリームランド交差点の南東の山に位置する所にプロットされている。街道側から見てもよく分からない。 東裏から覗いてみようと東側に回り込んでみた。山を挟んで街道と平行に走る道がある。そこを進んで、岩高林道と思う交差点辺りから見た位置が、向山古墳群のプロットをされた所だと思う。ここは、木が伐採されていて土地の様子がよく見える。

報告書の概要で、この向山古墳群は、「大山字宮ノ下地内にあり、現在古墳として登録されているが、十三塚と考えた方が適切」とある。「 Wikipedia」で、十三塚の概念を確かめる。

典型的な例の場合は、親塚1基とそれ以外の子塚12基からなる。塚の上には板碑などなんらかの石造物が置かれることがある。埋葬施設はなく、地下施設もない。築造時期は中世である。巨大古墳と異なり歴史的価値が認められることが少ない。
また、史料に乏しく、発掘調査によっても埋納品が少ないことから解明は進んでいない。
築造理由は、以下のことが考えられるとして具体例が示されている。
 十三仏信仰・古墳時代の群集墳・経塚・怨霊や無縁仏の供養塚・境界を鎮護するため

 回り込んでみたこの道は、古い道のようだ。東に延びる道は、岩高林道で、曲がりくねりながら前山古墳に向かっていると思う。北に延びる道は、曲がりくねりながら、温石古墳や傾城壇古墳、そして、向原古墳群につながる道だと思う。
 新たな雰囲気を感じながら、実際にそれらの古墳へ行ってみた。
by shingen1948 | 2008-02-22 05:10 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)