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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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七ツ壇古墳から消えた古墳② 石室の消滅

原風景が比較的残されていると感じる7ツ壇古墳でも、多くの古墳群が消え去っている事実を知った。高橋氏が散策している間にも、現在進行形の形で消滅していく姿を描写している所がある。これが生々しい。
a0087378_40578.jpg 
金山壇の説明に、壇の上に、大きい花崗岩の平たい自然石の天照大神宮の碑があると述べたあと、次のように言う。


 この付近一帯には、こうした形の花崗岩の板石が碑となり橋となり、沢山に見受けられる。私は思うに、これらの石の大半は、古墳の石室の一部に使用されていたものが、いつの時代にか、古墳は崩され、石は持ち去られて、このように散在しているものと思う。こうしたことを私は現に見、聞しているものでも、相当数に上っている。
 (中略)
 この古墳の東南約40m程の岳県道の西脇に、今花崗岩からなる大きい自然石の法華経供養の塔がある。此処に明治初年頃まで、雑木と藤つたに覆われた石の台があり、昼でさえその前を通る人が少なかった程、寂しいところで、石神と呼ばれていたという。その後、開畑により、大きい墓石は付近に持ち去られ、石室内の石も、橋などに使用されたそうである。
 石の構造や付近の地形などから思うに、此処にも古墳があったことと思われる。

 この描写は、石室の消滅の話であり、石材の再利用の話とつながる。現在は、風景の中に人に知られる事なく石碑として、路傍の石として残されているということである。
 散策者の審美眼を問われている感じだ。
 高橋氏は、これらの石材が庚申檀北東辺りなどの地元で切り出されたものであり、この石材を使って古墳の石室が造られていると想像している。その続きに石室の崩落があり、そして、持ち去られたり、そのままにされたり、あるいは石碑に再利用されたりするという石の運命があるということだ。この歴史の重みを思いながら金山壇にある石碑を眺めてみた。
by shingen1948 | 2008-02-21 04:16 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)