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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島古代鉄文化の意義を確かめる

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先日参加した「ふくしま発信 古代鉄生産の技術」の二日目は用事あって行けなかったのが、ちょっと心残りだった。
 ちょうどいいタイミングに「福島民報」(2008.2.10)文化欄に、「ふくしま発信 古代鉄生産の技術」の総括記事をみつけた。
 二日目の内容は第2部古代鉄生産の技術ということだが、記事でその概要を確認した。

 浜通り地方で採取される砂鉄原料はチタン含有量が多いので、鉄生産の効率が悪いとのことだ。相双地域の製鉄遺跡から木炭窯が多数発見されるのは、この効率の悪さをカバーするために、大量の燃料が必要だたためとしたようだ。

 「銑鉄(ずく)」・「はがね」・「なまがね」の3種類の鉄のうち、どのような鉄の生産を意図したのかということで、発見される鉄塊が「ずく」が多いという。ただ、製鉄遺跡の廃宰場で発見される鉄塊は不要だから廃棄されたもので、目的とされた鉄は、製鉄遺跡の外に持ち出されたはずとの反論もあったという。

 効率の悪い砂鉄原料でありながら、長期間にわたって大規模な鉄生産が行われていた歴史的背景を考えたとき、村上氏が総括したという以下のことが、この福島県の鉄文化の意義となって浮かび上がってくるのだろうか。

 福島県の製鉄遺跡は国家と鉄、中央と地方というテーマを鮮明に物語っている。調査成果は長期間の製鉄操業を克明に明らかにしており、国内はもちろん、世界的に見てもこれを越える模範的な事例はない。
by shingen1948 | 2008-02-14 04:22 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)