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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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三合目遺跡についての報告書を読む

 三合目遺跡は、住宅建設計画に伴い農地転用の申請があって調査し、周辺地域の表面調査が行なわれ、新たに発見された平安時代遺物散布地「三号目遺跡」と周知されたという経緯の遺跡である。
 遺跡と周知したのが平成6年の5月で、試堀調査が6月、発掘調査の体制を整えて、発掘が8月、9月に遺跡説明会、10月はじめには完了という日程で調査されたようだ。
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 この遺跡発掘の調査の成果は、8から9世紀の竪穴住居3棟と掘立柱建物8棟、柱列5と小穴、9の平安時代と推定される土抗と1の縄文時代推定土抗だったようだ。
それらの遺構遺物から、3合目遺跡は、大半が、8世紀前葉頃と9世紀前葉・後葉に営まれたと考えられるとしている。
 具体的には、竪穴住居跡、掘立柱建物と土抗で構成されている一般的な集落のようだ。ただ、際だった特徴として、小穴の規模も小さく、この小穴で構成される建物と柱列の多さ、そのバリエーションの豊富さを際だたせていることが記録されている。そして、これらのことから、遺構を造り維持し更に再生産していけるだけの背景のがあって具現化されるはずとしている。

 そう考える背景には、住吉B遺跡調査結果の考察が配慮されているように思う。ここからは、古墳時代のまつりに関わる住居が発見されている。そして、古墳時代が中心ではあるが、弥生から平安まで連続して居住し続けた集落と考えているようなのだが、その遺跡の西隣りには住吉遺跡があって、その南に小道を挟んだところにあるのがこの遺跡だからだ。
 これらの遺跡全体を大きな視野で眺めると、一つの集落群である可能性もあるように思う。そして、この辺が古墳時代から平安時代にかけての中心地でないかと勝手に思う。
by shingen1948 | 2008-01-23 04:32 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)