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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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愛宕山古墳を眺める

 「前山1号墳発掘調査報告書の第2節周辺の古墳」の「周辺の古墳」に「愛宕山古墳」がプロットされていた。ここは大玉村に抜ける道と奥州街道の交差点にある愛宕神社のある山である。
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 ここが古墳であるというイメージは無かった。本宮小学校の南入り口であり、奥州街道の独特の曲がり方をする所という位置にある愛宕様で、この宿場の火災を防ぎたいということで祀られたのであろうという思いでしかなかった。


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 しかし、改めて阿武隈川東側から対岸を眺めると、安達太良神社の森と愛宕神社の森が浮かび上がって見える。確かに、ここが舘であったり古墳であったりしてもおかしくないと思える。 先に紹介したとおり、調査報告書には、この古墳を以下のように紹介されている。
 本宮町大字舘ノ越地内に所在する。本古墳付近は第二次世界大戦後、石採場となり、古墳は消滅。形状、規模等は不明だが、五鈴鏡が出土したと伝えられる。このことから、造営時期は、古墳時代中期と考えられる。

 造営時期を古墳時代中期と考える根拠になった五鈴鏡を確認しておく。
 一般的に、五鈴鏡は周囲に鈴が5個ついている鏡で、この鈴鏡は日本独自に成立した鏡の形とされていて、ふちに4~10個ほどの鈴を付けるものだ。古墳時代後期と特定された古墳に多く見つかっているという。

 この愛宕神社から見つかったとされる五鈴鏡の写真が、「本宮町史紹介の案内のページ」に載っていた。
 「福島教育情報データの本宮町(4/12)」の上段の写真の7番目にも載っていた。

 同じ場所が、一つの情報を得ることで興味のある場所に変わってしまう。そして、興味を持って眺めたり、訪れたりすることで愛着を感じるようになる。どんな意味をもたせるかが、大切なことである。
 時代がそうだったといってもいいが、自分の年代には、古い愛着の形態として残っていたものを、便利さや経済性を求めて簡単に破壊してきた経緯がある。自分の年代には、せめてその意味を問い、それを再構築できる基礎を築いておく責任があるという自覚が大切なのではないか。
自分の興味に基づく単なる散策に意味づけをしてみる。
by shingen1948 | 2008-01-14 07:26 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)