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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「前山1号墳」を訪ねてみる

 図書館で、「前山1号墳発掘調査報告書」を見つけた。平成11年2月27日から4月20日まで、大玉村教育委員会が調査した報告書だ。この調査は、安達太良ドリームランドという村道大山-松沢線の新設に伴って実施されたものだ。
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 載っている地図や写真を参考にして、最近の地図と照らし合わせて位置を確かめると、写真に阿武隈川から400㍍ほど西手の岩高林道が映っているので、現在の安達太良ドリームランドとの交差点付近ではないかと目算をつける。
 ドリームランドと林道の交差点をクリーンセンター方面に折れると、鉄塔に向かう道路があった。そこを登って、切り通しの向こうをみれば見つかるかも知れない。そう思って登ってみると、そちらの方向は笹で覆われた丘になっていた。笹薮をこぐのをやや躊躇したが、登って眺めてみた。しかし、それらしいところは見つからなかったが、そちらの方向を写真におさめておいた。 知っている人に確かめたら、この遺跡は、丁度道路が通った辺りの上部にあって、消滅したとのことだった。無駄骨のようだったようだ。

 報告書によると、ここは調査当時には斜面一帯に高さ1㍍ほどの笹や篠竹に覆われていて、下草の刈り払いをして近ずいたとのことだった。そして、墳丘の頂部に深さ1㍍ほどの楕円形状に盗掘抗が堀り込まれていたという。墳丘裾南側には、盗掘時に掘り起こされたと思われる大降りの石材が散乱していたとのこと。
 この古墳は、横穴式石室を有する円墳だが、他の横穴式石室を有する古墳と違う位置的な特徴があるという。温石古墳、六社古墳群、堂ケ久保古墳が、古墳時代中期後半の古墳群の外縁部にあるのに対して、阿武隈川丘陵の東斜面に単独で立地していて、周辺に集落遺跡のありそうもない所に在るという。
 これらの特徴と石室の形状や周辺から採取した花崗岩、緑色片岩を使用していることなどを考慮して、報告書では年代を7世紀後半頃としている。

 消滅は、残念なように思うが、便利さと引き替えなので致し方のない出来事なのかもしれないとも思う。
 なお、出土遺物について、調査時には、周溝内堆積土から土師器及び須恵器の小片3点確認のみとのことだ。確認は出来ないが、地元の人の話では、昭和の初めに古墳盗掘時に、石室内から刀のような鉄片が採取されたという言い伝えが記載されている。また、わざわざ1号と名付けているのは、地元の人のもう一つあったという話を尊重したかららしいが、調査では見つからなかったようだ。
 散歩を目的とするものにとっては、こうった話とか、上空からの写真撮影にはラジコン飛行機を飛ばしたとかという話を読み取れた時、なるほどと納得してしまうものがある。
Commented by 椿三十郎 at 2008-01-09 12:53 x
 新作の椿三十郎は,ご覧になりましたか。やはり,黒澤監督・三船さんには,かなわないと言う感じでした。
by shingen1948 | 2008-01-09 04:17 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(1)