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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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安達太良山麓古墳群の見方を学ぶ①

 昨年は、日常的なものを見詰めなおすことで、新たな見方が生まれるということを思考した。
 最近、ものの見方で気になっているのは、全く知識のない世界に足を踏み入れてしまったことだ。地域の散策から、近くにあった古墳を訪ねてみたが、この知識がないので、落ち着かない。訪ね歩いているうちに、少しは分るようになるだろうとも思ったが、落ち着きが悪い。もう少し下調べをしておくべきかもしれないと思って、歴春ふくしま文庫「ふくしまの古墳時代」(辻秀人)という本を手にした。
 とりあえず、訪れた古墳についての記述を確かめていき、その後、中通り地域の概要を把握すれば、大玉・本宮地域の古墳の位置付けが明確になると考えた。その後、福島全体の古墳についての概要を確認しようと思う。
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 散策で最初にたどり着いたのが、「二子塚古墳」だった。その時に、素人なりに、案内板で古い古墳の存在を強調していることについて以下のような疑問を呈した。
 「この地域には、次の時代の統治を象徴する郡山台の郡衙が定点としてある。そことの繋がりを感じたい者にとっては、新しいことの方が面白いのではないかと思う。この古墳よりも新しい古墳の存在の方がかえって気になる。」
 このことについて、この「ふくしまの古墳時代」の冊子では、中通りの章の最後に以下のように記述する。
 白河地域ほど顕著ではないが、県中地区の郡山市東部の古墳群と安積郡役所に比定される清水台遺跡、大玉村二子塚古墳と後の安達郡役所二本松市郡山台遺跡と附属寺院、県北では、(中略)……など、中通り各地で、古墳時代後期の古墳群と役所、寺院遺跡とが密接に関連している。木本元治氏が指摘するように、中通り地方では古墳時代後期に、それぞれの地域を治める有力者が台頭し、次代の律令国家による地方支配の担い手になっていった様子を読み取ることができるのである。

 専門にこの時代を考えている方も、自分と同じような興味の持ち方をしていることに安心した。
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 なお、二子塚古墳について、この冊子では、「中通り北部の後期有力古墳」として、以下のように記述している。
 県中に近い大玉村二子塚古墳は、全長52mの大型前方後円墳で、安達太良山麓では唯一の後期大型古墳の可能性があるが、改変が激しく、確定できない。

 二本松市郡山台遺跡とのつながりを想像し、物語風にしたことも、全く奇抜なことではなさそうだ。
by shingen1948 | 2008-01-02 05:00 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)