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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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二子塚古墳に行ってみた

二子塚古墳に行ってみた。思ったよりも小さな古墳で、形状も完全な形ではなく、方墳の山頂には、23夜搭などの石塔が建っていた。


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南の方から見ると、この古墳が、横からは畑の耕作が迫られ、その脇は墓地になっていることが分る。


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案内板は北の円墳側に建っている。
案内板では、この地帯が多くの古墳が点在していることや、古い古墳もあることから、古墳時代の中心地であることを強調している。しかし、この地域には、次の時代の統治を象徴する郡山台の郡衙が定点としてある。そことの繋がりを感じたい者にとっては、新しいことの方が面白いのではないかと思う。この古墳よりも新しい古墳の存在の方がかえって気になる。


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二子塚古墳説明板内容
福島県指定史跡
二子塚古墳平成元年3月22日県指定
この古墳は、前方後円墳であり、墳丘の一部にはふき石が見られる。ただし、埴輪は発見されておらず、埴輪の伴わない古墳で、6世紀末から7世紀初頭にかけて造られたものと思われる。
形状は後世の耕作、墓造営等で大きく改変されている。周溝は調査にて一部その存在が確認されている。また、周辺には、中通り最古の傾城壇古墳(4世紀)を始めとして多くの古墳が点在している。古墳時代に当地が福島県の中心の一つをなしていたことを物語っている。
古来より、二子塚地区には、「ここに鍬を入れると疫病や大雨となる。」と言い伝えられ、地区民により大切に保存されてきた。
また、伝説によると「双子の死を悲しんだ母親が、南方の大地からまえかけで土を運び双子の墓を築いた。」と伝えられている。
平成4年3月
福島県教育委員会
大玉村教育委員会

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by shingen1948 | 2007-12-17 04:15 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)