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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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杉田舘跡

 時々、杉田宿周辺をスポット的に散策している。本宮宿から次の宿場町である杉田宿を連続的に散策するための下準備だ。しかし、杉田宿の北側は、国道の拡幅工事で、その面影は消えていて、なかなか連続的には捉えにくいことが分ってきた。
 そんな中、国道沿いの山頂にある寺が何となく気になってきた。
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地域の人に尋ねたら、この寺は、かつては山裾の国道沿いにあったのだが、道路の拡幅に伴い背後の山の上に移転したとのことだった。この寺、光恩寺といって慈覚大師円仁が開いたと伝えられる古刹とのことだ。


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  先日、この山に登ってみた。すると寺の境内に杉田氏にかかわる案内板があった。
 やはり、ここは、二本松城の出城であり、文治5年(1189)奥州合戦の後、畠山氏の臣として、この地に入った杉田氏の舘跡だった。
 畠山氏は、奥州探題になった二本松家が本来の惣領家だ。杉田氏は、高倉氏、本宮氏、新城氏、高玉氏等とともに、その名家の一族としてここに居を構えたということのようだ。


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  なお、寺で建てた案内板であろうか、「幸田露伴命名の地」なる案内板があった。古奥州街道与衛門茶屋のあったのはこの辺りだとの説明だ。


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 奥州街道を一望できるこの地に茶屋があってもいいし、古い奥州街道は、この山頂をめざしたという創造も確かにいいと思う。
by shingen1948 | 2007-12-16 04:20 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)