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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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直江兼続と九山和尚

  テレビをつけたら、偶然、県内のニュースで、県知事が、「兼続です」と、冗談を言っている場面を見た。この中で、2009大河ドラマは「天地人」であることを知った。しかし、これはそれほど新しい情報ではないようで、前々からの話題らしい。これに合わせて、山形おきたま観光協会ではさっそく「直江兼続」というブログを立ち上げたようだ。また、歴史の好きな方々も、いろいろ興味を誘われているようだ。兜の「愛」は、普遍的な「愛」を意味していないのではとか……。

  今まで書いてきたことと少しでも関係があると、今までは感じなかった新たな興味が沸く。それが楽しいので、このことにかかわって書いた部分を整理してみる。
「土湯探索余談」
  土湯の探索で、土湯小学校西手にある九山和尚の墓といわれているものを確かめた。この地では、お守りにするためなのか、このお墓の石を砕くということがあるとかと聞いたような気もするのだが、その情報源を忘れて今のところよく確認していない。 
  この九山和尚は、土湯としては、太子堂の建っている地元の方々の聖地(そういうふうにこちらが勝手に思い込んでいるのかもしれないが)の元祖である「興徳寺」創始者であるとされている。しかも、元和元年(1615)に米沢の侍大将直江山城守が恩になった九山和尚という立派なお坊さんのために造ったとされている。
 この太子堂を探索したことは、「土湯の太子堂へ行ってみる」で書いた。

  歴史上での兼続と九山和尚との関係は、兼続が和尚を米沢に呼び寄せて、米沢禅林寺を開山したということだ。そこに禅林文庫を設けて、九山を指導者として藩士子弟の学問修業の道場としたということだ。
  自分の趣味としての探索にあう説明としては、「城下町ふらり歴史探訪」というページの米沢禅林寺の説明が分りやすいと思っている。ここに、米沢の文教発祥地として紹介されている。

  最近、やっていることや知っていることがいろんな風につながっていく。そのことが楽しい。専門家にとっては当たり前のことなのだろうが、自分としては新たな楽しさの発見だ。



09年大河は「天地人」(2007年04月26日「スポニチ芸能ニュース」) 速報記事内容
  NHKは26日、2009年放送の大河ドラマが、戦国武将上杉景勝の家臣、直江兼続(1560―1619年)が主人公の「天地人」に決まったと発表した。原作は火坂雅志さんの同名の小説で、脚本は現在放送中の連続テレビ小説「どんど晴れ」の脚本を手掛ける小松江里子さん。
兼続は5歳年上の景勝の小姓となり、上杉家の家臣として景勝を支え続けた。後に豊臣秀吉からの家臣への誘いを断り、徳川家康からは最も恐れられた存在だったという。ドラマは戦国の世にあって「愛」という字を掲げたかぶとを身に着け、謙信の教えである「義」を貫いた兼続の生涯を描く。
大河ドラマ初挑戦の小松さんは「兼続は、肉親も敵対する時代に生きた『愛の武将』。今までにない戦国ヒーローを描きたい」と話している。
by shingen1948 | 2007-10-17 04:57 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)