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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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深堀の温泉街跡を訪ねる③

  気になっていた突き当りの左側の道も確かめた。
  少し行くと、右側が山に入る細道があり、そこを散策する親子を目にした。しかし、そこを過ぎると、旅館街跡の趣は消えて、日常の世界が広がっていた。普通の民家の家々があり、生活観が漂ってきた。
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 さて、深堀の岳山変事供養観音だが、いろいろと想像を膨らまさせられる。 一つは、湯女の存在であり、もう一つは、山神との約束に関することである。

湯女の存在については、公には存在されていないように取り扱われていることであり、それでも村人は人間として弔う存在であるということである。
  更には、遺体を埋めたのがこの地であるということだ。
  遺体をここで埋めているということは、ここが荷揚げの最終基地であろうと想像できる。岳山の温泉地には、ここから荷揚げされていたのではないだろうか。
  この地が、当時は温泉への物資の搬入の中継地点として里ともつながっていたのだろうと思われる。

 山神との約束の件では、案内板の次の説明が気になる。

(この出来事は)「山神を縛し150年間の山中での歓舞音曲を許し賜って154年目の事です。」
 歓舞音曲との表現は、この温泉の客層が歓楽を目的としている事を意味しないだろうか。そして、山神との約束から4年過ぎた時に、この災害が起きていることが重要なのではないかと思うのだ。

この歓舞音曲と山神との関連性に、湯女の存在を抹殺したい公との関連性を想像に加える。更に、二番目の温泉地「十文字温泉」の再建に地元が強硬に反対した理由が、農民が酒や女郎遊びにはまり借金や家庭騒動が絶えなかったことらしいということを考慮に入れる。
すると、背信行為としての歓舞音曲を、聖域で行なった罰としての岳山変事という精神のありようが見えてくるのだが……。
だからこそ、温泉街を山から降ろし、聖域の外に歓舞音曲が出来る場所を創ったのが、「十文字温泉」だと思うのだが、考えすぎだろうか。

余談だが、十文字温泉の湯女の墓について、あるお坊さんと話した時、湯女の戒名が面白いといっていた。こちらは、そんなところまでみていない。今度確かめようと思っている。いろんな視点があるものだと感心している。
by shingen1948 | 2007-10-10 04:37 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)