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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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会津若松の道路元標を確認する

  大町四つ角が、会津への道の起点だ。
  昔は、ここに高札が立てられたという。それで札の辻と呼ばれているとのことだ。
  この辻を二つの視点から眺める。一つは、町屋作りの観点であり、もう一つは、会津の道路の起点という観点である。

  蒲生時代の町屋作りが、それからの若松の町並みの原型になったといわれている。氏郷が城下町を築く時に意を払ったのは、武家屋敷と町屋を外濠で隔てる町割りだとのことだ。それまで、武家と商人の棲み分けが渾然としていたのを改めたという。
  この大町は、この趣旨に添って米代に合った旧「大町」を濠の外に移して、新たな町方の中心街となったところという意味合いがある。
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  城下町特有の卍型に交差しているこの大町通り四辻には、道路の起点である道路元標がある。
  会津五街道といわれる街道もここが起点である。
  ここから、南東へは白河城下を経て江戸へ向かう道『白河街道』が伸び、東へは本宮、二本松へ向かう『二本松街道』が伸びる。西をめざして『越後街道』、南へは下野の国(栃木県)今市から日光街道を経て江戸に至る『下野街道』が伸びる。北へは米沢にいたる『米沢街道』の街道が整備されている。

  明治15年(1882年)から二年かけて明治新政府の県令(知事)三島道庸(みちつね)が開かせた三方道路も、勿論ここを起点としている。
by shingen1948 | 2007-10-04 04:12 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)